芸能・アイドル

特別寄稿/草なぎくん釈放を受けて

もう話題にしていい、と思ったので、草なぎくんの起こした騒動につきまして。

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このあと、なにやら、関係ない話しが続く、と思われるかもしれませんが、ひとつ、お付き合いくださぁせ。

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「単純明快な物言いの中に、“表現”のひとことではくくりきれない“創作の醍醐味”が現れる」

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「創作物は、断片にされ、“部分”という細切れにされたとき、“作者の伝えたかったメッセージ”という狭い枠を離れて、メディア(媒体)として、輝きだす」

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今年の年頭、2009/1/01 に、おおむね、そういう意味のことを書きました。

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これについて、「言い足りないな」と感じてましたが、いま、急に――草なぎくんの釈放に絡めて――書くべき内容を思い付きましたので、補足したいと思ったわけス。

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さっそく、行きましょう。

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冒頭挙げた2つの内容。

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これらに対して、すぐ問題となってくるのは

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「オーサーシップ」、

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つまりは、

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原作者としての自己同一性は、どうなるのか?

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という問題です。

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「自己同一性」については、いろいろと解説のしようがあるでしょうが、今、この話題に関しては、

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要するに、

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「自分の作ったものを通じて得られる、“己れは何者であるのか”についての確信」のことである、と書きましょう。

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ひとは、確信なしには、生きていけない。

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確信を失うことは、心の安定を喪失する、ということであり、

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喪失したひとは、下手をすると、自死を選んでも、不思議じゃない。

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内田樹さんによると、ロラン・バルトが40年ほど前に『作者の死』を宣言して以来、日本の大学では、「オーサーシップ」などというものは存在しない、と教えるのが、定番になっているそうです。

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しかし、著述家としての内田さんも認める通り、内田さんを含めた「作者」たちは、いま現在も、著作権の存在を認め、原稿料を受け取っている。

(バルトも、きっと、受け取っていた)

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内田さんは、「オーサーシップの死」の典型例として、パソコンOSの世界の、リナックスを例に挙げる。

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リーナス・トーバルズは、自分で生み出したソフトウェアで莫大な利益を得る代わりに、そのソフトウェアのソースコードを無償公開してしまった。

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世界中の利用者が、自由に、自分に合わせて改作したりできるように。

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やがて、トーバルズの意図に共鳴する人々が、ひとつの「場」を構成するようになり、みんなが「みんなが使いやすいもの」を作ろうとする、そこは「共有理念」の舞台となる。

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これをもって、『作者の死』と呼べるのか。

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僕は、違うと思っています。

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第一に、「公開してしまえ」というのは、明らかに、トーバルズそのひとの「個性」のもたらした結果です。

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自己同一性は、死んではいないのです。

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第二に、このやり方では、誰かが「最終的な改作者は自分だから、著作権は自分にある」と主張したとき、どう対処できるのでしょうか。

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ルール破りをして「独り勝ち」しようとする者を、止める手立てがありません。

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従いまして、そのような場においては、誰もが、在るのか無いのかハッキリしないルールについて、それに抵触しないよう、

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首をすくめて、きゅうきゅうとしていなければならないでしょう。

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一見「自由」に見える場は、実は、「存在しない“何者か”から無言の圧力をかけられて、暗黙のルールが出来ている場」でもある。

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こんなものは、到底、「表現からの解放」などと呼べた代物では、ありません。

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これは、早い話しが、

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「誰かが言い出したわけでもないのに、誰にも有無を言わせずに決まってしまった“抑圧”の場」

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です。

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そんな自由は、犬にでも喰わせてしまえばいいのです。

(手近に、いい犬は、いますか?)

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第三に――これこそ、最も最悪な点ですが――リナックスが何かの理由で「暴走」などした場合、誰に頼ればいいのですか?

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なに?
必ず親切なボランティアが居るはずだ?

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素晴らしい。

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その要領で、早いとこ温室効果ガスの問題も解決してください。

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「放っておいても、解決案は出てくる」

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そう思いますか?
本当に?

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かつて、こんなことを書いたひとがいる。

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車の通りの多い横断歩道がある。

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渡れずに困っているお婆さんがいる。

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みんな、見ないふりはやめて、手を引いてあげようよ。

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だが、それは違う、と、そのひとは書いた。

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必要なのは、不確かなココロよりも、安全な信号機ではないのか、と。

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その実現のためにこそ、必要な人材や資金の調達…

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やることは、(自分でやりもしないで)手を引くことを勧めるより、ほかにあるはずだ。

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こういう「素直な発言」が出てこなくなったとき、

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その共同体は「病んでいる」と、言っていい。

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姿を見せない誰かが、言っています。

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「きっと、善意が“まとめてくれる”さ」

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「正体不明の何者か」が「声なき者たちのきゅうきゅうとする、暗黙のルールの支配する場」に向けて、何を発信しようというのだろうか。

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僕の言った「脱・作品化」とは、

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ひねくりまわして、自己同一性の怪しくなったあなたから、余分な考えを取り去って、「はだかの自分」を露にする発想のことなのです。

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草なぎくんは、「暗黙の善意」がルール化されてしまったような首都の中で、「埋もれまい」として、もがいたのではなかろうか。

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彼を救うのは恐らく、

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「『草なぎ剛』だからって、気にするな」

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という「脱・作品化」の掛け声でしょう。

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で、

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この話し、『作者の死』と、つながってると思います?

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Jack

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ディーバ/安室奈美恵「BEST FICTION」

そうです。
映画じゃありません。

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出たばっかしの、安室奈美恵さんのベスト・アルバム、「BEST FICTION」について、です。

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これ、全曲PV入りの、DVD付きのものが売られてますので、それもまた「映像作品である」ということで、ひとつ、なにしたい、と。

この、わたくしめの、「語りたい」というパッションを、受け止めていただきたい、と。

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では、まいります。

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いったい僕がなぜ「安室ちゃん」に興味を持ったか。

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どうもね、これから言うようなことを書くと、「おまえは、マーク・チャップマンか」といった、在らぬ誤解を受けかねない、と思うんですが…

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しかし、ほんとだから仕方がない。

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毎度のことで恐縮ですが、僕が初めて安室奈美恵という人に興味を持つようになったのは、統合失調症が、治りかけてきた頃のことなんです。

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小高い山地の、中腹にある病院でした。

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世の中と物事の「次第」がだんだん明らかになるにつれて(すなわち、僕は神様でも神様の使いでもないし、ヘンな「心の声」も聞こえてこない、つまりは、僕は、エスパーなんかじゃないし、したがって誰からも命を狙われたりしていない、と自覚出来るようになってきて)、次第に気になりだしたのは、「いま、世の中は、どうなってるの?!」ということでした。

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俺はいま、山の真ん中にいて、「現代社会の動き」からは、隔離されてる。

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知りたい。

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どうあっても、「世の中のこと」を知りたい。

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ラジオがあるじゃないか、と言われそうですが、確かにラジオは聞けたんですが、僕の欲求を満たしてはくれませんでした。

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第一に、治りかけの頃は、何を聞いても、「むむっ…これは、政府の垂れ流す、歪曲された陰謀情報かな。…それとも病院側で用意した(さも、ネットワーク番組であるかの如くカモフラージュした)精神リハビリ用の特別番組なのかな…」

なんてなことばっかし考えますから、ラチがあきません。

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で、そういう「治りかけてる最中の疑念」さえも消えていくと、今度は、別の問題が、起きてきます。

あれですね、あの…

小野田少尉なんか、ルバング島から帰ってきて、どのくらいで「馴染んだ」のかなと思いますけど…

あのですね、これがテレビの場合には、かなり違うと思うんですが、ラジオというのは一生懸命ニュースを追いかけて聞いてみても、一旦「放れちゃった」者が、また聞き始めたからって、初めのうちは、何を言ってるのか、さっぱりなんです。

経済成長率がどうした、とか、北朝鮮がどうだ、とか…

あー、わけわかんねかった。

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病院の食堂には、テレビがありましたが、それは、僕のものじゃありません。

ほかの患者たちは、ニュースにチャンネルを合わせなかった。

僕が勝手にいじるわけにはいきませんでした。

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結局、「世の中から切り放されてる」という僕の不安と焦りは、退院するまで、続きました。

退院後、僕は文字通りテレビにかじりつき、本屋へ行って雑誌を読みまくり、足しげくレンタルビデオ店へ通いました。

実は退院したと言っても、全快していたわけではなく、程なく別の問題が起きてくるわけですが、このくらいにして、本題に入りましょう。

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僕が、かなり必死になって「今という時」の情報を集めていたとき(パソコンは使えなかった)、耳に聞こえてきたのが、「SO CRAZY」という曲でした。

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映画についても、よく考えれば、同じことが言えますが、実は、こうした文をものすのは、とても怖い。

安室さんのようなポップ・カルチャーの先頭を生き抜く「闘士」の前で、言葉は意義を失い、無意味なおがくずのようになって転がり落ちるしかないのではないか? そんな気がするからです(でも、言っちゃおう)。

「SO CRAZY」を聞いて、やがて見て、したときの僕の感想は、単純に「かっっこいぃぃー」っていうものでした。

どうしちゃったの?

こんな、かっこよくなっちゃって。

僕がヒットチャートを聞かなくなってから5年以上経っていました。

その後、アルバム「STYLE」を買って、「QUEEN OF HIP HOP」、「PLAY」と来て、2007年のツアー・ライブDVD「PLAY」があって…と、気が付くと、安室さんの作品を、けっこう持ってる。

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持ってる資料の中から、安室奈美恵というヴォーカリストについて、一席ぶつといたしましょう。

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まず、いつも、安室ちゃんの楽曲に触れると、「実直」という言葉が浮かんできます。

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彼女のボーカルスタイルが、ですね、奔放に跳ねているように見えて、よく聞き込むと、くっきりした発音で、歌詞の内容を明確に明瞭に、忠実になぞろうとしていることに気付くのです。

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ビジュアルについても同じことが言える。

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優れたファッションモデルに求められる資質と言えば、たぶん「無個性という個性」だったりするでしょう。

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洋服が主役なわけですから、自分が目立ち過ぎてはならない。しかし、着ている本人と併せてトータルで見たとき、思い切り可愛く映ることが要求されるはずです。

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蛯原友里、押切もえ、それにSHIHOといった人たちが、どうやってこの難問に答え続けているのか、見当もつきませんが、これに関連して思い出す、「ある説」がある。

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ウォルフガング・ロッツの「スパイ論」です。

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ロッツと言えば、60年代にイスラエル諜報機関モサドからエジプトに派遣されて活躍した人。その彼がひとつの典型として挙げた「スパイに向く人」の例が、こうでした。

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曰く、他人と目を合わせないこと。誰からも好感を持たれるが、道ですれ違っても、誰も自分だと気付かないようになること。言い換えると、何処にでもいそうなタイプで、間違っても記憶に残るような「人格」をさらさないこと。

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近年の映画「オーシャンズ11」で、犯罪プランナー役のブラッド・ピットが、若造マット・デイモンに「泥棒心得」として、同じようなことを伝授する場面がありましたが、要するに何を言いたいかと言うとぉ。

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ファッションモデルとしての安室さんにも、似たようなことが言えるんではないかと、僕はニラんでいる。

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いつも華やかだけれども、安室奈美恵という人の個性がどこにあるのか、その核心については、上手く隠されている気がします。

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宇多田ヒカル、浜崎あゆみ、中島美嘉、木村カエラといった人たちが、「一歩前に出て、自分を打ち出す」ことをしているのと対照的に、「安室奈美恵という個性」は、音楽そのものや飾り立てたビジュアルに覆われて、容易に見えてこない。

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まるで、次々歌う曲に合わせて、「自分というカラーは、最小限に抑えておこう」としているようです。ちょうど、トップモデルたちが、どんな服にも対応できるよう、「無個性の個性」を維持し続けようとするように。

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彼女は「ヒップホップ」というものを、完全に「芸能の一種」と割り切っているのでないか。

そこには、例えばギャングスタ・ラップが貧しいスラムの人々に共感を示し、謂わば、「下町のアーティスト」として振る舞ってきたのを、全く一顧だにしない、「日本の芸能人」としての視野がある気がする。

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「ヒップホップ」というのは、元々「ストリート・ミュージック」。文字通り「街頭から産まれてくる音楽」です。

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だからこそ、「ギャングスタ・ラップ」はヒップホップの中核たり得たわけですが、日本で「ストリート」の主役と言えば…

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それは、109に集う「女の子」たちだ!

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「走り屋」くずれの男どもなんかではない。

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日本で「街頭の文化」を作ってきたのは、あくまでも、対象を次々変えて「かわいい!」と指差す「女の子」たちでしょう。

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「安室ちゃん」も既に30。もう「女の子」とは、言いにくい。

ストリート・カルチャーの先端を「芸能人のトップ」として吸収し続けるには、そろそろキツい年齢かもしれません。

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ですが、つい最近、「SEX AND THE CITY」のスタイリスト、パトリシア・フィールドを迎えて、ヴィダル・サスーンと組んだ三曲が話題になり、それもこの「BEST FICTION」に入ってますが、現代日本を写し撮るディーバとして無二の存在であることが、十二分に感じ取れる内容です。

特に60'Sをアレンジした「NEW LOOK」が、出色の出来だと思う。

安室ちゃんの、いつまでも童顔なところをよく活かして、「KAWAII」ポップワールドを見せてくれている。

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安室奈美恵。

僕に「現在という魔物」への関心を再び与え、常ならぬ世界から、「こちら」へと引き戻す役を果たした人。

ご当人には、全く関係ないことですが(アタリマエじゃ)。

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アリーナ・ツアーが始まります。

今度はどんな変化を遂げて魅せてくれるのか、

まだまだ、楽しませてくれそうなんで。

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(ほんとにねぇ、自分で言っちゃうけど、よく目を付けたもんでしょう?)

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Jack

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