「なぜ、映画に関係ないことを、追加して書くんだ?」
―――――
という、実に素朴な質問を受けました。
(あまりにシンプルな問いかけなので、この問いに添えて、誰かに祈りを捧げるべきだろうか? と、思ったほどです。ハレルヤ)
―――――
質問者曰く、「映画に関する話し」以外は「どうでもいい」のに、お前は関係ない話しばかり書いている…と。
―――――
いや、それは誤解というものである。
―――――
「追加して」出てきた話しを書いているわけでもなければ、「関係ない話し」をしているわけでもない、と
―――――
言おうとして、
―――――
待てよ、と
―――――
思い直しました。
―――――
これは、そんな簡単な返答で言い尽くせるほど、「簡単な質問」ではないな…。
―――――
映画について語る、とは、いや、およそ、「何かについて語る」とは、
―――――
その「語っている対象」を見つめる視線によって、「変形」させてしまうことである。
―――――
僕が、一見、関係ないように見える話しをよくするのは、
―――――
この一文が、あなたにとっての他者からのメッセージなのだ、 ―― 他者が加えた「変形」を、あなたは見つめているのだ ―― ということを、厳格に示したいからかもしれません。
―――――
「語られたあと」で、その「語られた対象」を眺めるひとは、
―――――
僕が語ることによって(彼に言わせるなら)「付け加えた」色眼鏡を受け入れて、そのものを見つめるか、
―――――
さもなくば、新たに別の色眼鏡を拾ってくるか、選ばなきゃならない。
―――――
僕の話しを聞かずに無視したつもりでも、同じことです。
―――――
インターネットを利用する、とは「他人の手」を借りてものを見ること。
―――――
インターネットの海の中で、あなたは「別の変形」に出会い、それに触れて、
―――――
「こっちのほうが、さわり心地がいい」
―――――
という理由で、もはや元のままではない変形された対象を見ているのです。
―――――
YouTubeを閲覧するときでも、変わりません。
―――――
ネットを捜す。
ネットの中に耳を傾ける、目を向けるとは、そういうこと。
―――――
ひとの手を介して物事を見聞きする、とは、そういうことです。
―――――
これは、なんの話しなんでしょう?
―――――
「変形された対象を見る」?
―――――
そのとき、何が起こっているんでしょう?
―――――
見る側の立場でなく、見せる側、読ませる側の立場から言いましょう。
―――――
「語り」の中で、僕たちは、自ら「語っているつもりの、その対象」を抜け出して、
―――――
「語っている己れは何者なのか」
―――――
「“どういう世界”の中で、それは“対象”として扱われているのか」
―――――
を示すことしか、していない。
―――――
当然のことですが、それを見るあなたは、そのもの自身に、じかに触れているわけではないのです。
―――――
映画ほど、このことを、思い知らせてくれる対象は、ないでしょう。
―――――
そうして、映画ほど、「対象を変形させる視線を持つこと」が、「愉悦」や「快楽」として成り立つものも、ちょっと思い当たりません。
―――――
僕らは、一個のドーナツについて、それが、如何にほどよい甘さを持ち、
―――――
クリスピー感に溢れ、
―――――
筆舌に尽くし難いほど美味であるのか、語ることが出来るでしょう。
―――――
しかし、
―――――
どんな言葉も、実際にそっと指でつまんで、ふんわりと口に入れたドーナツの、
―――――
その「おいしさそのもの」に対しては、
―――――
あまりに無力であるはずです。
―――――
ドーナツは、食べられる。
―――――
映画は、もちろん、食べられない。
―――――
漫画の本は、「手に取って」読める。
―――――
映画は、もちろん、手に取れない。
―――――
「可視的なものと言表可能なものとのあいだには、ある裂け目、ある分離がある」
(ドゥルーズ「フーコー」宇野邦一 訳:河出文庫)
―――――
「映画」
―――――
とは、なんでしょう?
―――――
それは、端的に言って、暗闇の中の光です。
―――――
闇の中で過ごす、時間です。
―――――
劇場の支配人にとっての映画とは、フィルムという「実体」であるはずですが、
―――――
劇場に入る観客である僕らにとっては、ただ、光のうつろいゆく、過ぎ行く時間でしかないのです。
―――――
光の画面に視線を向ける僕たちは、感情移入したり、考え込んだり、ときに反発したりを繰り返しながら、(映画館で買うパンフレットやグッズ以外)何も手にせずに劇場を出るしかありません。
―――――
「面白かった?」
―――――
と、誰かが聞く。
―――――
「面白かったよ」
―――――
と、あなたは言うが、それだけでは済まない。
―――――
如何に面白かったのか、
―――――
如何に自分はコウフンし、
―――――
如何に自分は、楽しんだのか、
―――――
伝えずには収まらない。
―――――
あなた自身以外、そこには、映画の素晴らしさを伝えるどんな実体もないからです。
―――――
あなたは、映画という「光の時間の記憶」を頼りに、
―――――
己れは何処の何者なのか、
―――――
どんな世界に住んでいる(と思っている)のかを、語りだす。
―――――
なに?
―――――
そういう欲求を、お持ちでない?
―――――
あなたのために、泣きましょう。
―――――
手に入らぬ実体への渇望が、ひとをして、語らせる。
―――――
試されているのは、
―――――
あなたが
―――――
「生きているかどうなのか」
―――――
であるのです。
―――――
(って、ホントかよ?!)
―――――
(僕たちは、ときどき、生きてることを忘れます。
忘れないため、思い出すために、これを書き置いておきましょう。
あなた自身と僕自身、それぞれのために)
―――――
Jack
最近のコメント