超える夢/「マイケル・ジャクソン THIS IS IT」
「人間?
あたしは人間じゃないわ
“映画界に燦然と輝く大スター”ですの」
『People?
I aint people.
I'm a “A Shimmering glowing star in the chinema firmament”』
(映画「雨に唄えば」から)
―――――
誰かがひとり、「わたしはマイケル・ジャクソン世代です」と言ったとする。
―――――
そのときおそらくその人は、ジャクソンズ時代の少年の頃のマイケルを考えてはいない。
―――――
たぶん「ロック・ウィズ・ユー」などを歌っていた時期の「ようやく“若者”になってきました」といった当時のマイケルのことも、考慮の内ではないはずです。
―――――
ひとが「わたしはマイケル・ジャクソン世代です」という場合、それははっきりと、アルバム「スリラー」発表以後のマイケルを指しています。
―――――
かく言う僕は、もちろんマイケル世代です。
―――――
観てきました!
「THIS IS IT」!
―――――
やー、凄い。
踊る身体の魅力です。
―――――
もしこのコンサートが実現していたら、間違いなく、伝説的なステージになっていたことでしょう。
―――――
それにしても、よくぞ、こんなに撮っていたものだと思います。
短い時間で、よくぞ、まとめました。
(どうやら最初から、コンサートのDVDなぞ、発売する気があったようですね)
―――――
舞台演出は、「ハイスクール・ミュージカル」シリーズのケニー・オルテガ。
―――――
このひとを呼んできたところが、さすがマイケルの慧眼です。
―――――
「ブラック・オア・ホワイト」のマコーレー・カルキンと言い、「スリラー」演出のジョン・ランディス監督と言い、そのときどきで最も華やかな活躍を見せる「旬のひと」を招くのが、いかにもマイケルらしい。
―――――
亡くなって以後、あの「現代思想」を含めて様々なメディアが彼の業績を振り返りましたが、どれも僕には不満な内容でした。
―――――
ので、いい機会ですから自分なりの「語りたい概略」を、記しておきます。
―――――
まず、マイケルという人は、極めて「評価の俎上」に載せにくいアーティストだということ。
―――――
「スリラー」発表の年には、ポリスが名盤「シンクロニシティ」をリリースしてる。
―――――
ライバル的存在だった人物として、マイケル以上の高い芸術的評価を受けていたプリンスがいる。
―――――
そういう人人々に比べて、マイケルという人は「スターではあるけれども、それ以上、どう捉えたらいいのか」が、とても見えにくい存在です。
―――――
この分かりにくい存在について、それを見るときの、ほんのささやかな「提案」をいたしましょう。
―――――
80年代という時代に特別の刻印を押したこのひとを考えるとき、僕は「3人の人間」に分割して考えると理解が深まる、と思っています。
―――――
3人?
はい、それについて述べる前に、いくつか「前提」を確認しましょう。
―――――
現在、ポップ・ミュージックの世界を席巻しているBlack Eyed PeasやNe-Yo、ビヨンセなどを見ていると、「そもそもの始まり」のことを、つい忘れてしまう。
―――――
ラジオやテレビで流される「ポップス」の世界とは、もともと白人たちが作ったものだった、ということです。
―――――
白人たちから評価を受ける歌手として、先駆けだったマイケル・ジャクソン。
―――――
白人を唸らせた!ということでアフリカ系から喝采を受けたマイケル・ジャクソン。
―――――
「褒められる以外にない」というのは、言い換えると、「ほんのちょっとでも“はみ出した”行為があれば、断罪される」という立場です。
―――――
ウケればウケるほど、逃げ出したくなるようなポジションですね。
―――――
今度の映画の中に居るのも、彼に対するリスペクトの言葉を口にする人々ばかりです。
―――――
インタビューを受けるすべての人が、マイケルを褒めちぎる。
―――――
彼は完璧だ…
―――――
音楽を熟知してる…
―――――
最高…
―――――
偉大なアーティスト…
―――――
そうまで言われちゃったら、当人は、どこへ逃げ込んだらいいのか。
―――――
そこで、圧倒的に誰も近付けないような「先」へ進んで、「もはや普通の“人間”であることから抜け出してしまう」――「変身」――、というのは、彼の置かれた状況から自然と導きだせる方向性であると思う。
―――――
もう少し、詳しく見ましょう。
―――――
マイケルは誰もが知る如く「愛と平和」を訴えた人だった。
―――――
必ずしも幸福でなかった生い立ちと、成功して以後の兄弟との確執なども在ったと言われる彼にとって、それは当然の発言――願い――であったかもしれない。
―――――
ですが、そのようなメッセージには、「自分の行動に枷をはめ、自らの首を絞めていく」効果があります。
―――――
曰く、愛と平和を重んじる者は「下品なパフォーマンス」をしてはならない…
(「ブラック・オア・ホワイト」のPV中、最も素晴らしい場面――撮影スタジオに「ぬっ」と現れた黒豹が、そのスタジオを抜け出してマイケルに「変身」し、夜の街頭でズボンのジッパーを上げ下げしつつ車の窓ガラスを割ったりする「激しさ」を見せるクライマックス――は、MTVを見た視聴者からの抗議電話殺到のため、削除された)
―――――
若者の手本にならなくてはいけない…
―――――
麻薬なんぞ、決してやってはならない…
―――――
少年愛なんて、もってのほか…などなど…
―――――
ポップ・ミュージックが愛と平和を唱えた先例として、1969年のウッドストック・フェスティバルがありますが、あそこでは「愛と平和」を歌いながら、40万人とも言われる観客が、みんなして麻薬でラリってた…という裏の事情があります。
―――――
ヤクでへべれけになって、音楽にノリながら、草むらでセックスしてたら「平和」じゃんかよ…
―――――
というイベントでしたので、まったく「公正なる社会規範」などからは解き放たれた、文字通り「自由な」音楽のアナーキーさに満ちていたわけです。
(見てきたように言いましたが、まぁ、そういう話しらしい、ということ)
―――――
マイケルの言う「愛と平和」には、そのような「堅苦しい規範をぶち壊す」だけのアングラなパワーと過激さが欠けていた。
(時代はレーガン保守政権の頃です)
―――――
欠けていたが、それならそれで、表面上どんなに大衆的で品行方正に見える作品にも、規範の網を抜け出すようなメッセージを込めることは可能だ、
―――――
というのがマイケルの基本的な発想ではなかったかと思います。
―――――
正直、苦しい考え方です。
―――――
苦しいですが、それは、ひとに感銘を与える態度でもある。
―――――
「バッド」という曲に込められた「誰が本当のワルだと思う?」というステートメントには、そうした彼の「美しい」とも言える姿勢が端的に表現されてる。
―――――
そうしてその姿勢こそが、「良識を頂点として成り立つ“社会”という“くびき”」を抜け出す自由さにつながる、「変身」への願望をもたらしていたのだと思う。
―――――
繰り返しになりますが、「規範に守られた社会」の合意を形成していたのは、WASPと呼ばれる白人たちです。
―――――
ひと前に立つ者は社会の良識を代表しなければならない。
―――――
それが、広い意味で言って北米世界の「支配層」(守旧派ですね)の態度です。
―――――
このような態度がはっきりと「社会の表」の構造に過ぎないことを示してみせた3人の男がいる。
―――――
1人はマイケル・ジャクソン。ま、これは当然として、
―――――
もう1人はコメディアン出身の俳優エディ・マーフィー。
―――――
そして3人目が88年ソウル・オリンピックの「幻の金メダリスト」、ベン・ジョンソンです。
―――――
エディ・マーフィーについて言えば、彼は新成マイケルと共に、80年代、まだ単に「黒人」と呼ばれていた人々のイメージを一変させた立役者です。
―――――
今でこそファミリー向けコメディに多く登場する「お父さん俳優」として有名な彼ですが、82年――(これが「スリラー」発表の年)――にウォルター・ヒル監督の「48時間」で、けちな強盗犯役を演じて映画デビューしたとき、その印象は強烈でした。
―――――
「48時間」の後、主演した「ビバリーヒルズ・コップ」で大ヒットを飛ばすエディが――(まだ「黒人」として映画に主演できるのは、シドニー・ポワチエくらいしか居なかった)――、守旧的社会規範をぶち破るために頼ったのが「アフリカ系であること」に強い誇りを示す、民族としてのアイデンティティでありました。
―――――
それは、それまで全体としては奥にこもった形だった「黒人社会」に「コミュニティとしての変容」を促すアグレッシブな態度でもあった。
―――――
コメディアン出身の彼は、白人支配層を遠慮会釈なく攻撃し、笑い飛ばしながら、同時に、自分と同じ肌の色の人々に「変化」を迫ってもいたのです。
―――――
そして、ベン・ジョンソン。
―――――
薬物によって己れの肉体を改造し――(つまり変身し)――、ロケット・スタートと呼ばれた走りによりカール・ルイスを破り、9秒79のワールド・レコード(当時)で100mの世界を変えた男。
―――――
ちょっと考えれば分かりますが、私たちの持つ「常識」というのは、それを下支えする広い意味での「人間観」がもたらすものです。
―――――
したがって、社会を変えよう、と本気で願うなら、「人間観を変えてしまおう」という結論に行き着くことになる。
―――――
この考え方の「間」は、すぐつながるはずだと思います。
―――――
80年代というのは、電子ネットワークの中で「変容していく人間性」を主題にした「サイバーパンク」SFが登場する時代でもあるのですが、その事実をかたわらに置くとして。
―――――
3人の「業績」、それぞれに通じるのは、80年代という時代が、それまでサイレント・マジョリティ(声なき多数)であったアフリカ系の人々にとって、白人支配層の作る常識と人間観を抜け出し、新しい世界を産み出す、その気運が見えた時期であったということ。
―――――
つまり、「変容」と「変身」がキーワードになる時代であったという事実。
―――――
そのような動きの中で、自らある種の「変容にとってのスケープゴート」役を買うことになったのが、マイケル・ジャクソンというアーティストであったということ。
―――――
今や「声なき多数派」ではなくなったアフリカ系の人々にとって、「変容する人間観」というものは、縁遠くなっているかもしれない。
―――――
「デンジャラス」以後のマイケルが、なぜ、奇行によってスキャンダルまみれとなっていったのか、現在では理解しにくいでしょう。
―――――
「THIS IS IT」を気に入られたら、マイケルが88年(ソウル・オリンピックの年)に製作・主演した「ムーンウォーカー」という映画をご覧になるのをお薦めします。
(有名な「スムース・クリミナル」のPVは、この映画からの抜粋です)
―――――
ビートルズの「カム・トゥゲザー」を熱唱するマイケルが観られるだけでも必見ですが、この映画で展開される「変容」についての彼のイメージは、本当に凄まじい。
―――――
変容と変身。
―――――
いまだ位置付けられない80年代最大の関心事には、これからも、折りに触れてスポットが当たり続けることでしょう。
―――――
マイケルは、その死でなく生によって、考察の対象となり続ける存在になったのだ。
―――――
Jack
| 固定リンク


最近のコメント