どうぞ、ひと言/「BALLAD 名もなき恋のうた」
うーん…
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内容について言う前に、少し連想の輪を広げましょう。
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「なかなか話しの通じにくい素直な人」をご存知でないですか?
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もンのすごくいいひとで、下品にひねった冗談なんか言おうものなら、ポカンとされて、言ったこちらが、かえって赤くなる、という…
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で、どんなときにも、もう根っからの性質としてニコニコしてるわけなんです。
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ひとがたくさんの仕事を抱えて困ったりしてると、進んで助けの手を差しのべてくれる…
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ところが、いざ任せてみると「愚直」と言いますか、書類の束を一枚ずつ仕分けするような、のんびりとした仕事ぶりで…
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ご当人に悪気はないんですよ。
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あまりにも悪気がないんで、一緒になって仕事をやっていくには、もう、こちらも相手の素朴さに取り込まれる以外、ありません。
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そういう、周りを感化する素直さに満ちた人。
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あなたも今までに、そんな人に1人くらい出会ったことないですか?
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…と、そんな人物のことを連想させる一本です。
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「BALLAD 名もなき恋のうた」
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今回も山崎貴監督が、脚本まで書いて、VFXも手掛けています。
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川上真一(武井証)はちょっと「ビビり」の弱っちい小学生。
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最近、不思議な夢を見ます。
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美しい着物姿の女のひとが、湖のほとりで、なにやら一心に祈っているのです。
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実は、それは夢でもなんでもなく、遠い時代を隔てた不思議な交流でありました。
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ある日、大きなクヌギの木の根元で寝込んでしまった真一は、夢見た光景 = 戦国時代に来てしまったことに気付きます。
―――――
そこで真一は、めっぽう強い武将、鬼の又兵衛(草なぎ剛)と彼を密かに慕う廉姫(新垣結衣)と出会うのですが…
―――――
傲慢な大名、高虎(大沢たかお)が、廉姫を嫁に欲しいと言い出して…
―――――
再び、うーん…
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これを「映画」として楽しめるのは、普段、あまり劇場なぞに足を運ばない人ではないかなぁ…
―――――
まず、哀感たっぷりのラブロマンスを描く「技量」が、1964生まれのこの、僕と同年代の監督には、だいぶ不足してると感じます。それについては、あとでもう少し触れましょう。
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第二に、草なぎくんは、ミスキャストではないかなぁ。
―――――
めっぽう強いが女に弱い、というひじょーに典型的な役柄ですが、「鬼」にゃ見えないよ、「鬼」には。
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ほかにも挙げるとすれば、全般的に間延びした展開と主人公三人も含めた各キャラクターの「味」の薄さ(というか、登場する各人に対する性格付けの、ぎこちなさ)。
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「タイムスリップ」という設定を活かしきれない平凡な構成。
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いろいろと文句をつけたいところは、多いです。
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この映画の原作だという「クレヨンしんちゃん 劇場版」を観ておりませんが、原作が漫画だったときの「ALWAYS」と比べて、実写化するに当たっての換骨奪胎の仕方が、今回はあまり上手と言えないようです。
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が、
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そういう、こちらの「文句を言いたい気分」てやつを打ち消してしまう不思議な魅力も、たしかにある。
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新垣結衣、草なぎ剛という二人の俳優の表情…
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どこか「おっとり」した、映画全体のニュアンス…
―――――
いろいろ言いましたが、この映画には、結局のところ「難癖」を打ち消してしまう「個性」がある。
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その個性の正体とは…
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作品全体を通して、観客を不安にさせるような「嫌味」がまったくない!…ということで。
―――――
きっと、監督は、いいひとなんでしょうねぇ…
(はて、どうなんだろう?)
―――――
あまりに「のどか」な展開なので、呆気にとられているうちに、終盤の合戦場面に来ています。
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巧いんだか下手くそなんだか、わたくしのようなあまり素直とは言えない観客からすると、得体の知れない「おおらかさ」で、いっぱいです。
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それでも敢えていじわるく言うなれば、山崎監督が「ALWAYS 三丁目の夕日」正・続に続いて放つ「人間を信じましょう」キャンペーンの一環です。
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この映画も含めて、三作すべて、実質的な「ファンタジーである」と言えますが――いまどき、あっけらかんと「人間て素敵でしょう?」と謳っているのですから、これらがファンタジー以外のなにものでもないことの証しなのですが――、本作ではタイムスリップなどという余計な知的要素 = 考えさせる「ひねり」が加わった分、「感動的な素直さ」が欠けてしまったのではないか?
―――――
山崎監督の目指しているところは、あまりにも明解です。
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相田みつをさんが色紙に書いたようなことを、映像に起こそうというのです。
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この映画が主張する内容は――そう。はっきりとした「主張」を持った映画なのですが――、それをどんなに疑問に感じる「知性」がなにを言おうと、まったく受け付けない「頑迷な正直さ」に満ちています。
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なんとなれば、実直、誠実、無垢、純真…といったものを、現在への強いアンチテーゼとして打ち出そうというのが山崎ワールドの意図なのですから、そこにどんな苛立たしい疑問を持とうと、最初から反論したい側に「勝ち目」のないことは、分かっています。
―――――
つまり、山崎監督の映画に触れているあいだは、僕もあなたも、完全に「いいひと」になるか、劇場を出るかする以外、選択肢はないのです。
(苛立つとすれば、ここですね。映画というものが本質的には「逃れられない暴力装置であること」への無頓着さ)
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しかし、です、
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やれやれ、やっと、付け入る隙について話せるよ。
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さっきもちらっと触れましたが、今回に関しては、「タイムスリップ」などという余計なひねりが掛かっているので、観る側に「ん?」と考えさせる「余地」を与えてしまってる。
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これは、どう見ても、計算違いというものではないでしょか。
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それと――ここが、肝心な点ですが――、もし、登場するすべての人物が「いいひと」ならば、そこに「愛の哀感」を持ち込むのは間違っている。
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愛情の在り方というのは、この映画で描かれるほど垂直的なものではないでしょう。
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「いいひと」のまま「愛の深み」を描こうとするのは、明らかに相反しておりますが、この監督には、相反するものを強引に結び付けてしまうだけの力量が、まだない、と見ましたです。
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どうやら愛の地獄を見たことがないらしいこの監督の「人間」と「漫画やアニメというサブカルチャー」に対する信じがたい純情な理解の仕方に絶望的な断絶を感じながら、僕は劇場を出たわけですが…
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それでもどこかしら魅力のあるこの映画に向かって、何を言う?
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ここまで解説したあとで持ち出しても、まったくの迫力不足なんですが、それでもこのセリフしか、ありません。
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仕事場の同僚でもなんでもないからね、
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こういうときは、好き勝手にものが言えて、ほんとに楽だ。
要するに、
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この監督、あほちゃうか!?
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以上、長々と言った末の結論でした。
はは…。
―――――
Jack
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