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2009年8月

脱け出して/「96時間」

サスペンスの巨匠アルフレッド・ヒチコックは、生まれ故郷のイギリスを、「島国根性の国」と呼んで、うんざり気分をあらわにしたことがあります。

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日本サッカーをW杯に導いた立役者・中田英寿選手が日本マスコミやサッカー界の体質を嫌い、早くから外国へ出ようとしていたことは、有名です。さて。

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例によって、また、何を言いたい?

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今日の主役、リュック・ベッソンもまた、フランス映画を巡る状況にがっかりして、どうやら「脱け出したい」と思ってハリウッドに来た人だと思うんです。

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「脱け出したい」と思った人が、どうやって満足を得るのか、が本日のテーマです。

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「フランス」と言いますと、ファッションの国であり、エスプリの国であり、それから例えば絵画の「印象派」を生んだ国であり…

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…と、並べていくと、どこか柔らかい、一事が万事繊細な、言葉のはしばしにニュアンスのこもる、香り高いワインの如き「文化ぁーッ」て感じの漠然としたイメージになりますが…

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そういうステレオタイプなフランス像を激しく嫌うのが、例えばレオス・カラックスのような人たちです。

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この方々の特徴は、何も知らずに「お洒落なフランス映画」を期待して劇場へ入る人の横っ面を張り飛ばすような暴力的な描写にある。

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カラックスほどそのテクニックが練られてくると「これはこれで芸術か…」と納得させられてしまいますが、そうでなくとも、ジャン=ジャック・ベネックスの「ディーバ」の原作小説なんて、非常に野蛮な内容だし、マチュー・カソヴィッツ監督の「クリムゾン・リバー」なんかも、わざとらしいゲテモノ礼賛の気分に溢れているし…

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フランス製のペーパーバックを何冊か持ってますが、どれも、問答無用でマシンガンを乱射する場面が次々出てくる、非常に安っぽいものです。

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一面で、フランス人の「粗暴」への憧れというのは、確かにあるんですよ。

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なんででしょうね。

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我々日本人も、外国人から「大和魂・フジヤマ・ゲイシャ」…歌舞伎に能に、と並べられると、ちと閉口すると思うんですが(いや、一向にベッソンの話しにならないな)、

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それは、それらの香り高い「文化」そのものがダメダメだからというわけでなく、

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そうしたものばかりを持ち上げる姿勢というのが、知らず知らずのうちに、多様体としての文化現象を、凝り固まった、とても窮屈なカッコ付きの「文化」の枠組みへ組み入れて殺してしまうからだ、と言える。

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カッコ付きの「文化」がなぜ「殺すもの」だと言えるのか。

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それは、個々の(多様な)人々の存在をどこかで無視し、無条件に「共同体」の力だけを押し上げていくことになるからです。

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なんだって?
はい、ちょっとややこしい。

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どうせややこしいんですから、もう少しややこしい言い方しますが、

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どんな性質のものであれ「共同体」というものは――国家、ふる里、教室、会社…なんでもけっこう――そこに「集合体」として出来上がっているだけで、もう既に、ある種の「権力装置」の様相を持っています。

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詰まるところ、どの共同体でも、誰かが決めたものであれ、うやむやのうちになんとなく出来上がってしまったものであれ、侵してはならぬ「タブー」のようなものが存在するでしょ?

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そのタブーは、あなたの行動を抑制し、規定し、「共同体の一員」としてのあなたを形作る規範になっているはずです。

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で、ですね、

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もうひとつ。

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共同体というものは、なんによらず「より堅固に、より強い結び付きの集団に」なろうとする性質を持ってますので、「強くなろう」とする過程で、どうしても、より多く、より厳しく「我らのルールに従ってくれ」という申し出を、個人に突き付けてくるのです。

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これに気付いた人々にとって、「いかに『共同体からの強制力』を取っ払ってしまうか」が自分なりに編み出せない限り、「自由」というのは文字通り「絵にかいた餅」になってしまいます。

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最も「簡単に見える」解決法は、その共同体を出てしまうことですが、ではと言って、ジャングルにでも引っ込んで独りで暮らすというのでしょうか?

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イギリスの島国根性を嫌ったヒチコックも、結局はハリウッドでB級監督のレッテルを貼られ、苦労することになったし、中田選手もイタリアのマスコミに嫌気がさしていったようだし…ご覧の通り。

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どこへ行こうと、なんらかの共同体に参加しなければならないことは、分かっています。

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共同体の成員でありつつ、なおかつ強制力を振りほどくことの出来るような、そんな「上手な強さ」を身に付けることは出来ないでしょか。

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「上手な強さ」は、出来るだけ、「ステレオタイプな文化像」の対極にあるほうがいい。

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分かりやすく簡単なほうが、カウンターカルチャーとしての力を発揮できるからです。

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はい。
と、こんな理由でエスプリの国フランスには、暴力の国アメリカにさえ見かけないような「フランス的な、あまりにフランス的な」粗暴さが存在する、というわけです。

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で、今回取り上げる「フランス人のハリウッド映画」が、

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「96時間」

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原題は「TAKEN」。

シンプルそのもの。

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連れ去り。誘拐の話です。

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元CIAの工作員ブライアン(リーアム・ニーソン)。

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別れた妻(ファムケ・ヤンセン。「007・ゴールデンアイ」の悪い悪いボンドガール。変われば変わる)との間に、17才になる娘(「LOST」に出てたマギー・グレイス)がいます。

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この娘が友達と二人でパリまで旅行したいと言う。

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ブライアンはやや過保護な父として、外国なんて危険なだけだと反対しますが、母娘の勢いに押されて、しぶしぶ承諾いたします。

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が、父の心配は現実に。

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着いた矢先のパリ市内で、娘たちは、誰とも分からぬ連中にさらわれる…

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この父親、パリ警視庁に話すなんてことはしない。

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現役の工作員そこのけの能力を発揮して、単身、さらった奴らを追い始め…

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やれやれ、やっと名前が出せる。

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リュック・ベッソン制作・脚本(共同)。

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ハリウッド作品なので、多少「まろやか」になってますが、それでもフランス的な「やりすぎ粗暴」さを充分残したアクション映画。

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年端もいかぬ娘をかどわかすなんて、悪い奴らに決まってる、と。

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容赦するな、と。

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次から次へと現れる「悪党」たちを、
叩きのめす、
制裁する、
撃つときは撃っちゃう、
まぁ凄まじい。

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ベッソンがアメリカを本拠地にしたのは、たしか最大の野心作「グラン・ブルー」がフランスで酷評されてからのようですが(酷評だったそうですよ。なんででしょう)、以来うっぷんを晴らすような、と言いますか、「おらおら、邪魔だ! どけぇっ!」…って感じの作品(「作品」などと、もったいつけて言われるのも、なんとなく嫌そう…)が、目立つように思います。

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この「96時間」も、そういう一本。

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ジャック・バウアーも真っ青の、問答無用な猪突猛進ぶりがウケたか、米国では1億ドルを超すヒットでした。

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このベッソンてひと、不思議なアンビバレンツを持っていると言いますか、ちゃんとした、殴り書きでない「作品」を作りながら「作家」扱いされるのを、拒否したがっているようなところがある。

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それが、最前から申し上げている「自由」に関わる姿勢だと思うんです。

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フランスは高校から哲学を習い始める「思想の国」でもありますので、こういうときには思想の言葉を援用したい。

(けど、「思想の援用」などというのは、高校を中退して映画の道へ飛び込んだベッソンにしてみれば、噴飯モノの行為でしょうが)

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「脱領土化」

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という、いい言葉があります。

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これは、ドゥルーズ & ガタリの「アンチ・オイディプス」の中で、しばしば出てくる用語です。

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えいっ! とおおざっぱに言ってしまうと、このひと言は、

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「その土地その土地の習俗・慣習に根差した、地域にしばられた『集合意識』すなわち“しがらみ”のようなものを抜け出して」

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という意味です。

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だったらややこしく言わないで、そう書けばいいじゃないか、とも思いますが、頻繁に出てくる言葉なので――つまり、頻繁に、同じ考えを繰り返しているので――、いちいち「土地のしがらみがなんちゃらかんちゃら」なんて何度も書くより、えーい、新しい熟語にしちまえ、ということだったのでしょう。

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そういう「めんどくさいから『単語』にまとめます」という作業のことを

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概念化

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と言います。

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この二人の考え方は、たいへんユニークで面白いのですが、「概念」を次々発明して使うことで、共同体の強制力を振り払い、「脱け出す」ことが出来るという発想です。

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これは、「作品扱いされないようにした作品」を次々作ることで、一種のコスモポリタンとしての自由を得ようとするベッソンの姿勢と、つながっておりますです。

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「表現者として、どう自由を得るか」という大テーマに、通じ合うものを見ることが出来るのです。

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そうして、それは、

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結果的にその表現を受け取る人をも自由にする力を持つはずだ、というたいへん楽天的な思考の産物だ、という点も共通してる、とボカ思う。

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実は、ドゥルーズというひとは、年とってから自死の道を選んでしまうんですが、うーん…

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自分もひとも自由にしつつ、さらに自らの属する共同体をも呼吸のしやすい場にしよう、なぁんつう考えをいつもいつも通そうとしていると、たぶん、くたびれるでしょうねぇ…

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いや、たとえ、どんなにくたびれる態度だろうと、ベッソンやドゥルーズのあとを追いかけるひとは、今後も必ず出てくるでしょう。

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「共同体内部の自由」が現代先進諸国の課題である限りにおいて。

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(おー、国際論まで言っちゃったよ。

もう一本、ベッソン映画で観たいのがあるんですけど。

今回は、このへんで)

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Jack

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いざ、博物館へ!/「ナイト・ミュージアム2」

最近はあまり行ってませんが、僕は、美術館や博物館が大好きです。

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テーマに沿って美術品や遺物を集めて、一堂に展示しよう、と考えたのがいったい誰の最初の発案なのか知りませんが、素晴らしいアイデアの持ち主もいたもんだ。

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なにより最高だと思うのは、博物館という場所が、ひとに、普段と違った深呼吸をさせる「瞑想の空間」だ、という点です。

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あそこに入ると、自然と、普段ならあり得ないスピードで静かに歩くし、しん…とした(いや、少しだけざわざわっとした)館内で、なんとなくゆっくりと呼吸しますし、いつもなら考えないような「大人らしくない」伸び伸びとした妄想が、ふいに浮かんできたりするものです。

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博物館は、「お勉強」の場ではありません。

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そこは、様々な「異界へのいざない」をうながす、魔法のオブジェがちりばめられた、言ってみるならば「異次元」そのものだと思うんです。

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で、そのことを、その・ま・ん・ま映画にしたのが、

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ベン・スティラー主演の「ナイト・ミュージアム」でありました。

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うまいところに目をつけた!

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観て思ったものです。

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ああ、わかるよ。
そーだよね。

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「博物館」て、なんかあやしい場所なんだよな…。

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本物そっくりの異様なろう人形や様々な剥製…、いまにも片手を差し出しそうなミイラの棺…謎の微笑をたたえる大理石の女王像…

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それらが、もし、急に動きだしたら…

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真夜中になると同時に…

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や!もう、大好きですね。

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いまいちど言いましょう。

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うまいところに目をつけた!

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思うに「あやしい場所」を見つけて、世の「子ども心」を失っていないすべてのひとに「お知らせ」する、というのは、映画の果たすことが出来る重要な機能のひとつです。

(同じような機能を「書物」として持っているものに「絵本」があります。

C.V.オールスバーグの「ジュマンジ」とか、センダックの「まよなかのだいどころ」とか、どっちも「あやしい本」でございます)

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子どもというのは、“あやしい世界”に住んでいる。

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子どもの頃、あなたも僕も、言葉の本来の成り立ちに沿って、「自由」だった。

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近所の路地は、どこよりも無限の広さを持っているように思えたし、実際には狭苦しいその「広場」で、思い切り遊ぶことができたし、お母さんが「ごはんですよ!」と呼びにくるまでの時間もまた、無限に感じられていたのです。

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そうした、子どもらへの目線を通じて、僕らは「ヒト」という生き物が突出して構成する「この世」の不思議さを思い出すのだ。

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「無限」と「自由」

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大人になってから学ぶ、単なる「日常ほとんど使わない単語」であるこのふたつは、その大人が心のギリギリまでよじ登って考えるなら、実は、とても、あやしい「何か」のはずです。

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幸いにして、わたくしは狂気を体験したことにより、それに気付くことが出来ました。

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しかし、皆が皆、自由を体感するために「狂気」なんてものと、付き合うわけにはいかないでしょう?

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このことを書くにつけ、出来るだけ皮肉な調子が混じらないように言いたいのですが、普段「大人の皮をかぶって暮らす『機能的』人間」たちにも、ときおり(いつもの空気で息苦しくなりすぎないよう)、「回復」のための時間が必要です。

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「ターミネーター4」について書いたとき(2009/6/24)、そういう時間のことを「安全な冒険」と呼ぶひとがいるのだ、と触れました。

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皮肉かな?
これは、やっぱり皮肉かな?

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いや、そーじゃない。
そんなことはない。

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「安全な冒険」

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あるひとは、ずばり言って「セックス」というものに、逸脱を求めるでしょう。

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しかし、たいていの場合は凡庸なワンパターンに堕ち込むのではないでしょか。

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「子どもの好奇心を持たない性的児戯」というものは、ただ、ヒトをかさかさにしていくだけです。

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本物の子どもの世界に踏み込むことは、大人にとって、本質的にはとても恐ろしい体験のはずなのです。

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恐ろしさのすぐ隣に、「ほんもののおもしろさ」が待っている。

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だけど、繰り返しますが、「おもしろさ」を体験するために、いちいち本当の恐ろしさを味わってたんじゃ、誰しも身が(いやさ、心が)もたないと思います。

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そういうひとたちのために、例えばアダム・サンドラーの「ベッドタイム・ストーリー」や(2009/4/1 掲載)、この「ナイト・ミュージアム」シリーズのような「現代のおとぎ話」があるのです。

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気に入らないですか?

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平凡すぎる結論ですか?

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お嫌なら、あなたも狂うしかありません。

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映画と違って、出てこられる保証はないですが。
(ん? やっぱり皮肉かな)

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ひとつ、(狂気に近寄る怖れもあるので、軽々にお薦めは出来ませんが)馬鹿のひとつおぼえそのものの、大人ぶった性的談義などに頼らなくとも、子どもの心に触れられる「手段」があります。

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勉強するのです。

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ん?

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「博物館は、『お勉強』の場じゃない」って言ったのに!

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はい。
言葉が足りませんでした。

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勉強と『お勉強』を別けましょう。

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『お勉強』というのは、やってて、退屈なだけでしょう?

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「勉強」は、違うんです。

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「勉強」というものには、不思議な魔力がございます。

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よーく丹念に探り当てた「勉強の種」には、僕らの子ども心を十二分に沸き立たせるミラクルが秘められてる。

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「知るは楽しみなり」というのは、この言葉の奥の奥から、本当のことなんです。

(やっぱり平凡すぎる結論ですか?)

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そのような観点からも、この「ナイト・ミュージアム」シリーズは、「いい線」いってる。

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「ナイト・ミュージアム2」

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ニューヨークの自然史博物館大騒動から数年…

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警備員だったラリー(ベン・スティラー)も、今では博物館を退職し、なんと、アイデア商品を売る実業家として成功してる。

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そのラリーが久々に、博物館を訪れます。

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改装のために、「あの」懐かしい展示品の多くがワシントンのスミソニアン博物館に送られ、倉庫入りとなるのです。

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剥製お猿のデクスター…ろう人形のセオドア・ルーズベルト大統領(ロビン・ウィリアムス)…

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みんなみぃんな、お蔵入り。

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いや、ひとつ気になることがある…

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真夜中の魔法をもたらしていた、アクメンラーの黄金の石板は、どうなるのか…

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心配になったラリーは、世界最大の博物館スミソニアンへと向かいますが…

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第1作目より、アイデアの加工の仕方が高度になってる。

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だんぜん、こちらを推薦します!

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「魔法にかけられて」のエイミー・アダムスが、女性飛行家アメリア・イアハート(知らない方は Wikipedia をどうぞ)役で出てくるのも、大いに楽しい。

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これなら、本当の子どもたちにも認めてもらえると思います。

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これは、子どもにも許してもらえる、大人のための「回復作戦発動映画」。

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こういう映画を楽しめるひとは、ベンヤミンのようになれる。

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魔女裁判やドイツの強盗団やジプシーやファウスト博士や詐欺師カリオストロや古代都市ポンペイや犬についての知られざる実話やカスパル・ハウザーについて突っ込んでいったベンヤミンと同じ歓びを共有できる。なんとなれば、

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博物館は、お勉強の場じゃないんですから。

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(最後にひとつ。

この豆知識を持ってると、たぶん映画が、もひとつ楽しくなる。はい。

アメリカの有名な携帯電話会社の創立者の名前は、実は「ジョーイ・モトローラ」ではありません)

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Jack

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使え! 使いこなせ!/「G.I.ジョー」

パソコンを最初から完璧に「いじる」ことの出来た方は、どのくらいいますか?

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易しいと言われるMacintoshにしても、僕は、その仕組みから理解するまで、たしかひと月程度かかったと記憶します(まだ、基本ソフトのことを「Mac OS」などという洒落た言い方はしませんで、「漢字トーク」と言っていました)。

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いま現在も、Windowsのことをすべて了解して、「どんなトラブルにも対処できる」という方は、利用者全体の何割でしょう?

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また、なんの話しをしてるんでしょう?

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例えばゲームセンターがあるでしょう?

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ある程度大人になると、ゲーセンて、ちょっと入りづらいでしょう?

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周りが年下ばっかりで、自分が浮いちゃうから、というのも大きな理由なんですが、ほかにもね…

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新たに登場するゲームの操作に「ついていけない!」ということありません?

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関連して思い出すことがある。

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日本人が子どもから大人まで易々と使いこなす日本製携帯電話を欧米人に貸すと、難しくて、さっぱり操作出来ないというのです。

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さて、今日取り上げる映画は「G.I.ジョー」なんですけど、ここまで、何を言おうとしてるんでしょう?

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「G.I.ジョー」

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始まりは1641年フランス。

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王を裏切ったかどで焼けた鉄仮面をかぶせられた男…。

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「子々孫々まで、わが家系は覇権を狙うぞ!」

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えー、この冒頭は、本編とたいして関係ありません。
コケオドシです。

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お話変わって、そう遠くない未来。

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世界の兵器製造の七割を握るMARS産業が開発した新兵器ナノマイト。

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医療機器から転用されたという超マイクロ・ロボットが弾頭の中に無数に込められ、これが無制限に鉄製品を「喰う」のです。

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喰われたものは、鉄塔であろうと車であろうと、あっという間にボロボロに崩れ墜ちる。

(このCGは見事ですよ)

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極秘ルートでこの兵器を護送中、米軍部隊は謎の美女(シエナ・ミラー)と白装束の怪人(イ・ビョンホン)率いるハイテク集団に襲われ、ナノマイトを奪われかかる。

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護送隊の一員デューク(チャニング・テイタム)とリップコード(マーロン・ウェイアンズ)を救ったのは、これも正体不明の黒服の特殊部隊でありました。

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ホーク将軍(デニス・クエイド)率いるこの謎の部隊こそ、通称「G.I.ジョー」。

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謎また謎の強盗団と、正義だけど謎の集団G.I.ジョーの、虚々実々の駆け引きが幕をあける…

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さて、
何を言おうとしてたんだっけ?

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そうそう。
ソマーズです。

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この映画、「ハムナプトラ」シリーズのスティーヴン・ソマーズを監督に据えました。

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この、アクション・フィギュアを元にしたオリジナル脚本の、ド派手なガチャガチャした内容を映像化するについては、「いくつになっても平気でゲーセンに入って、触る台すべてにおいて、すんなりと馴染んで、高得点をものにする」ような、そんな才能が必要だった、と言いたいのです。

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なんでまた?
はい。この映画、全編、CGをじゃかすか使った特殊効果のオンパレードなんですね。

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「すごい特撮があるんですよ」なんて、昔からよく聞かされてきましたが、ジョージ・ルーカスという人が、「こうやって使えばいい」と提案するまで、また、スピルバーグという人が「ジュラシックパーク」という映画で「なるほど、じゃあこんな使い方はどう?」と更新するまで、「特撮」映画というのは、ほんとにだらしない内容だった。

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(昔の)「日本沈没」とか「新幹線大爆破」とか、ひどかったです。

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高機能、高精細、高密度、高画質な合成…そうしたものをいくら用意できたとしても、使いこなす人間がいなければ、どうにもなりません。

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で、たぶん現在のハリウッドというところでは、「ゲーセンで高得点を出せ」たり「新しい携帯電話を楽勝で使いこなせる」才能は、売り手市場ではないかな? ということなんです。

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そのくらい、新技術というのが続々と開発され、上手いこと使ってくれる人を待ってるんじゃないだろか。

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ライバルは完全に、ビデオゲームの世界です。

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それも一番チカチカするシューティング・ゲームの世界ね。

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シューティング・ゲームみたいな映像を、ちゃんと物語の中に組み込んで、…なんと言ったらいいんでしょうか、チャカチャカしたチャラチャラしたストーリーの華やかさを演出しようというわけで、ソマーズはそのような制作意図に大いに応えており、彼を監督に起用したのは、まさしく図に当たってる、という感じです。

―――――

(こういう映画って、ほんと、目を奪われる画面じゃなくて、話の中身のほうに気を向けてもらうのって、大変なんだと思うんですよ。アンジェリーナ・ジョリーの「トゥームレイダー」なんて、特撮ばかりが目立って、まことにひどいものだったと思います)

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それともうひとつ、興味深い点があるので、指摘しておきましょう。

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同じようにテクノロジーをふんだんに使う映画を撮っても、「トランスフォーマー」のマイケル・ベイという人には「作家性」のようなものを感じますが、こなたソマーズには、そんな要素が見られません。

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最新技術を上手に使いこなしてはいるけれども、「新しい『作品』を観せてやろう」というようなある種の傲慢な野心を、なんとなくですが、感じない。

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おそらくそれは、例えるなら「ゲーセンで遊んで、いろんなゲーム機で高得点を叩き出す人」と「やってるうちに“そうだ、俺もゲームってものを『造って』みよう”と思った人」の違いなのです。

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こういう人を、映像革命時代の職人監督と呼んでもいいかもしんない。

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戦前・戦後のハリウッドには、「カサブランカ」のマイケル・カーティスとか、「勇気ある追跡」のヘンリー・ハサウェイとか、アカデミー賞も狙える職人監督がいましたが、ソマーズは、そうした人たちとは全く肌合いの違う、技術オタク系職人監督になるのでは…いや、すでになってるのかもしれないな。

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戦争の国アメリカで、戦闘だらけの内容をキッチリ「娯楽の範囲」に収めて描くことが出来ているのも、「職人」の称号にふさわしいと言えそうです。

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とりあえず、監督名にこの人の名前を見つけたら、「損しない愉しい二時間」を味わえると思ってよさそうですよ。

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(イ・ビョンホンは、また、肝心なところで、よく脱ぐなぁ)

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Jack

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業(カルマ)/「山形スクリーム」

いきなりで恐縮ですが、亡くなった本田美奈子さんが、まだアイドル時代の、キャピキャピしていた頃のことです。

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「ザ・ベストテン」に出演した彼女に向かって、たしか久米さんだったと思いますが、こんなふうに水を向けた。

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「本田さんは、何か目指してるものがあるんですって?」

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すると彼女は、きらきらした顔で、キッパリと答えました。

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「はい。美奈子、『アーティスト』になる!」

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十代特有の皮肉を持ってテレビを見つめていた僕は、こう毒づいたものでした。

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「へぇ…知らなかったなー。『アーティスト』って、『成る』もンなんだ(笑)」

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その後、決意の人・本田美奈子さんがどのような方向に進んだかは、ご存知の通りです。

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このことは、今でも折に触れて思い出します。

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アーティストとは、『成る』ものか?

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これを「問い」として立てた場合、どう答えるか。

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そもそも、『成る』アーティストって、なんのことだ?

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「山形スクリーム」です。

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『成った』アーティストなのか、もともと異能の人だったのか、

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竹中直人監督の、エンターティンメント・フィルムです。

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経歴としてWikipediaに出てないのですが、僕の記憶では、竹中直人という人を初めて見たのは、日テレの「お笑いスター誕生」という番組でありました(ヘンだなぁ。出てなかったかなぁ…)。

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松田優作やら武者小路実篤(!)やらの物真似をするので、「お笑いの人なのか…」と思っていました。

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「無能の人」という主演・監督の映画を作って、たしか外国で賞を受けたと聞いたのは(これも出てないんだ。ヘンだなぁ。違うかなぁ…)、それからだいぶ経ってからでした。

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するとまたしばらくして、今度はNHKの大河ドラマに主演するという(これは出てる、出てる。ホッとした)…。

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いったい、この人、何屋さんなの???

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というのが、いまもって、僕の考える「竹中直人」さんへの疑問です。

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で、その、

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「山形スクリーム」

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山形県庄内の過疎村。

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かつて平家の落武者狩りがあった所です。

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部活の合宿でこの地を訪れた女子高生四人
(成海璃子、桐谷美玲、紗綾、波瑠。みんな役名が面白いから、最後のクレジットにご注意ください)と引率の先生(マイコ)。

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村の青年(EXILEのAKIRA。カッコ悪い役を演じても、要するに何をやってもカッコよろしい)と、仲良くなります。

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村では観光開発のため、落武者鎮魂の碑を壊しているところでした。

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ところが破壊された遺跡跡から、平家時代の亡霊(沢村一樹)が甦り、村中がとんでもない大騒ぎに…

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話の細部にいたるまで、サイケデリックな、いかにも「わざと」のマンガっぽさで埋め尽くされた映画です。

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実はこれ、ネット上での評判は、あまり芳しくない。

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「東京日和」のような繊細な感覚の作品を作ったひとが、こんな「ちゃっちぃ」ものを撮るなんて、というわけです。

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僕も、「連弾」という家族の物語を撮った竹中作品が、とてもしっとりとしていたのを覚えてますので、今度の「山形スクリーム」は、たしかに意外ではある。

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しかし、ホラー映画というやつは、その出発点からして、「チャチなものでも、観る人を面白がらせたら、こっちの勝ちだ!」という、とてもゲリラ的な発想で出てきたのでありまして、そういうものに捧げるオマージュとしては、これは、ひじょーに悦ばしい「貢ぎ物」だと申せます。

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なにより、竹中監督のこれまでの生き方と、この映画の「なんでもあり」というスタイルは、見事に重なる。

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「ゲゲゲの鬼太郎」のような「妖怪」の話しでなく(あれはあれで、面白かったですが)、800年前の落武者が出てくるという「霊のはなし」にしたところが、竹中監督の、ホラーに対する理解の深いところです。

(まぁ、「霊のはなし」というのは、なにかにつけて「ムチャクチャにしてやれ!」と思ってる人が、飛び付きたがる話題ではあります)

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「霊」というのは、この地上に生きる人に、「常ならぬ世界の存在」を伝える役割を果たしてる。

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しかも妖怪と違って、「もとは人」なんですから、業を積んだらたどり着く世界のことを、暗示しているんです。

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このことをひとつ、頭の隅に置いといていただいて…

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竹中監督はこの映画を作るにあたり、徹底して、低予算のチープなホラームービーにインスパイアされたらしい。

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最近、クェンティン・タランティーノやロバート・ロドリゲスがしきりと作っている「安っぽい映画のワクワク感」です。

(それと、どうも「キョンシー」なんかに代表されるアジアン・テイストのホラー風味も入ってますね)

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どっしり構えて、悠揚たる調子で物事に取り組む様を「横綱相撲」と言ったりしますが、それにならって言うならば、

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この映画はハナから終いまで、徹頭徹尾「幕下相撲」で出来ている。

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そうして、ここが興味深いところですが、ホラーの中でも「ゾンビ映画」を主題にしたところが、竹中監督の「やったれ!」という強い意欲だと見ましたです。

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ジョージ・A・ロメロという人がゾンビ映画というジャンルを作って以来、ゾンビというのは「伝染する」ものとなっている。

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死霊に咬みつかれたりすると、今度はその人がゾンビになっちゃうのね。

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これをもって監督の意志を想像すると、「伝染(うつ)ってくれ!」という感じではないでしょか。

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なんでもいいから何か面白いことをやって、みんな(「みんな」というのも、たぶんはっきりしない対象なのです)をうならせたい。

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これは、「若さ」というものが抱える肯定的な一面です。

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その一面を活性化させたい。アジテートしたい。

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俺の意欲よ、やる気よ、「これからの世代に伝染してくれ」。

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というのが監督の真の狙いと見ましたです。

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ネットの一言居士たちなんぞ、最初から相手にしてない。

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「あー、くそ退屈だぜ! なんか、やりてぇ!」という連中を焚きつけようという竹中流「陰謀」ですね。

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そして、この見方が当たりなら、ここには「映画」というものに対する監督の、とてもオプティミスティックな偏愛と希望が込められている。

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さよう。
映画には、なにか「かたちにならない意欲」を持った者を、どこか「そそのかす」力があるのだ。

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「そそのかしてやりてぇ!」と、

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「この映画を観て、あんたの持ってる体の芯から湧いてくるパワーを、なんでもいいから、外へ出してみてくれ!」と、

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そういう「若い観客への挑戦状」が、ここにはある。

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挑戦されたって、そんなこと出来るのか?

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出来る。
業を積んでいけば、出来る。

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「業」と聞くと、何か、とても恐ろしいイケナイもののように思う方がおられるかもしれませんが、ひろさちやさんによれば、それは誤った解釈です。

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例えば煙草を吸っている、というのも、ひとつの業です。

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ひとは業から逃れられない。

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煙草をやめたからといって、「吸っていた」という業から脱したわけではない。

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では、どうすればいいのか。

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これから先、「煙草を吸わない」という業を積んでいけばいいのだ、というのです。

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なんとまぁ、論理的。

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この映画、この業の話しとどこか似通っている気がするのは、ハチャメチャやってるように見えて、ちゃんと冒頭からラストまで、意外にも「筋が通っている」ということです。

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なんでもいいから努力してみてくれ。

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業を積んでくれ。

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そうしたら、ここまではたどり着くことが出来る。

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それが、この安っぽさの中に込められたメッセージである気がします。

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そうして、それは、とても謙虚な態度でもある。

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世の中には、こつこつと努力してたどり着ける「地点」があります。

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その地点を見せようというのだから、これはもう、どうしたって、謙虚そのものと言うしかない。

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天才的なひらめきや超絶的な完成度の美しさで魅せようという気は、ハナから無いのだ。

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モヤモヤした気分を吹っ飛ばすには、持ってこいの一本です。

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唯一、ナンクセつけるとすれば、成海璃子ちゃん主演ですけど、彼女より、出演もしてる竹中監督のほうが、目立ってますね。はは。

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(あのアクの強さに勝てる人は、いるんだろうか)

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Jack

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魔法の杖をさがして/「そんな彼なら捨てちゃえば?」

同じ会社に勤めるジジ、ベス、ジャニーンの恋愛模様。

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彼女らとはアカの他人のヨガ教師アンナや、ゲイ雑誌の編集者メアリーが不思議な縁でつながり、いくつものラブ・ストーリーが拡がります。

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女優陣が、まず豪華。

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ジェニファー・アニストン、
スカーレット・ヨハンソン、
ジェニファー・コネリー、

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それに引き換え、男優陣は、やや見劣りがいたします。

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ジャスティン・ロング、
ケヴィン・コノリー、

ベン・アフレックが、やや大物かな、という感じですが、役が小さい。
さて。

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「He's Just Not That Into You」、つまり

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「彼はきみには、その気がない」という原題を

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「そんな彼なら捨てちゃえば?」

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と、直しました。

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今どきの邦訳タイトルとしては、ヒットのほうです。

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しかし、なんとなく「企画モノ」めいた題名でしょう?

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「愛はなぜ終わるのか」とかね、

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「話を聞かない男、地図が読めない女」とか、

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ああ、「狙って」んだな、という一連の男女関係セラピーもののニオイです。

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ちなみに「話を聞かない男、地図が読めない女」の原題は、

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「Why Men Don't Listen And Women Can't Read Maps」

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と言います。

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このテンポがよくて、キャッチーな題の付け方が、いかにもアメリカ的な企画モノ。

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…と、企画モノ企画モノと、「本」の話しをしてますが、この映画、原作(というか、Baced on ですね)がありまして、それが、もう既に企画モノだと思うわけです。

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Amazonを見てみますと、米国でベストセラーになったというその本、日本の読者にも、すこぶる評判がよろしい(どーやら女性ばっかし)。

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書いたのは、「SEX AND THE CITY」のスタッフです。

(初めから映画とのタイアップなのかと思いましたが、邦訳が出たのは2004年なので、そういうわけでもなさそうです)

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この原作本のほうは「小説」と言うより「恋愛エピソード集」と言ったらいいようなものなので、ウケたからといって、「これを映画にしてみよう」、ドラマに起こそう、というのは、いかにもテレビマンたちの考えそうなことであります。

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我が国で「恋のから騒ぎ」なんかがドラマ化される、というケースを連想していただくと、よいかもしんない。

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制作総指揮のひとりに、出演もしているドリュー・バリモアが、名を連ねている。

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この人、プロデューサーとしても、かなりの目利きでありまして、主演した「チャーリーズ・エンジェル」シリーズや、「25年目のキス」をセルフ・プロデュースするなど、「自分をよく知っている」という感じです。

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どういう企画なら自分が活きてくるか、ひじょーに理解が深いようで。

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ハリウッドでは、主役級のスターがセルフ・プロデュースをすることは珍しくないですが、「だいたいにおいて成功させてる」ひとは、そんなに多くないと思う。

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このひととトム・クルーズが(いや、トムのほうは近年、ちと、苦労したようですけど)双璧といった印象です。

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が、

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今回は、ドリューにとって、ちょっぴり不満の残る出来映えではないかなぁ…

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いえ、
映画の作りそのものに、悪いところはないんですよ。

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別に、これと言った演出の不手際も、脚本の破綻もない。

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内容について言えば、

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「恋人たちの予感」、
「フォー・ウェディング」、
「ラブ・アクチュアリー」

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といった過去の恋愛映画の傑作・秀作のおいしいところを寄せ集めようという意図がハッキリ見えます。

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この意図にも、「面白いものを作ってヒットさせよう」という意欲を感じこそすれ、文句をつける筋合いのものではありません。

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うむ…
どうも、煮え切らないこと、言っとるな…

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要するに、なにが引っかかるかと言うとぉ…

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セラピー本のエッセンスをそのまま引っ張ってきても、華のある恋愛コメディにはならないことを証明してくれちゃったな、と。

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「あー、はいはい、こういうことって、ありそうだな」

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というエピソードが並んでますが、どれも妙にリアル過ぎると言いますか…

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「“ラブコメ”って、こういうことを言うんじゃないよなぁ…」

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と、痛切に感じましたです。

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オトコが欲しくて、バーに出入りし、一生懸命ハントを試みるが、性的魅力に乏しく、電話一本かけてもらえない女(ジニファー・グッドウィン)。

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完全主義者で潔癖症すぎるがゆえ、旦那に無言のプレッシャーを与えてしまい、浮気されてしまう妻(ジェニファー・コネリー)。

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どっちも、演じる役者さんと役柄がピッタリで、ある意味ではキャスティングの妙なんですが、この、あまりにも無理のない設定と、いかにも現実に居そうなキャラクターたちを見て、思うわけです。

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この程度の話しなら、テレビのワイドショーの再現コーナーで充分じゃないかなぁ…

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映画の華っていうのはサ、

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そういうもンじゃないでしょう?

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恋に落ちちゃう英国首相だとか、学生時代に知り合って何年も親友だったのに、ある日を境に、とか…言いたいこと、わかります?

―――――

「恋愛」っていうのは、いちばん、夢を必要とするもンじゃないですか。

―――――

貴女に「恋愛の夢」がなくなったら、残るのは「生活」だけじゃないですか。

―――――

「生活」っていうのは、お米の値段がいくらだとか、今日はトイレ掃除をしなくちゃとか、そういうことです。

―――――

「夢」の入る余地のない場所ですョ。

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それをあーた、映画みたいなもンとくっつけちゃって、「暗闇の魔法」を卑近なものに引き付けちゃって。

―――――

それじゃあ「逃げ場」がなくなるよ?

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愚かしい。

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あえて「逃げ場」と言いましたけど、なにものにも侵されない「純粋思考」「純粋瞑想」の場は、誰にとっても必要なはずだ、と。

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だからこそ、「芸術」なんてものが成り立つのだ、と、

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わたくし、そう、信じております。

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いま、「芸術」のことだけ言って、意図的に「芸能」というものを持ち出すことを避けましたが、本作は、

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優れた芸能がハレバレしく見せる(例えばミュージカル映画のような)「霊的真実」をも、ただ覆い隠しているだけだと思う。

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生活のすぐ脇に純粋瞑想の時間が挟まっていたり、霊的真実が垣間見えたりすることを明らかにして、僕らをハッとさせてくれるのが、映画という闇の魔法の本当の力じゃないのか?

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そういう観点から言うと、本作はアレですね、

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「一度魔法の杖を手に入れて、それを振っちゃったことがある人のための映画」

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です。

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魔法っていうのは、手に入らなくて憧れてるうちがいい…

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…なぁんて言う方もおられるでしょう。

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一度くらい杖を振った程度で魔法について分かった気分でいる方に、この映画をお薦めします。

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存分に、うなずいちゃってくださいませ(いかんな。どんどんトゲトゲしくなるな。このへんでやめよう)

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僕なら、まだしもテレビ画面で「デスパレートな妻たち」を視るほうを選びますけど。

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Jack

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第2の冒険/「ボルト」

思い込み。

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今回の映画は、「思い込み」にまつわるお話。

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と言っといて、いきなり話題、逸れますが…

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僕はかつて(そうとう若かりし頃)、ある地方紙の新聞社でイラストレーターとして働いてました。

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ん?
だから、どーした?

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ま、ちょと、お付き合い下さいませ。

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「イラストレーター」とは言ってもですね、どんな仕事かというと、

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例えば「人物写真にアミカケをする」というのがあったんです。

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アミカケ?
はい。

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つまりです、ある朝急に事件の速報などが入って、夕刊に記事を載せる際、関係者の写真が必要なときがある。

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しかし、なにせ急な話しですから、社の手に入れたものが、ただのスナップ写真だ、という場合が多いわけです。

―――――

スナップには後ろの風景や横に立つ別人など、「余計なもの」が写ってますでしょ?

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その余計なものを、グレートーンをかけて消してしまい、必要な人物の顔部分だけを丸型にトリミングして抜くのです。

―――――

この作業は、今ならパソコンを使って誰でも簡単に出来ますが、まだそんなもの無いですから…

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なんとね、
ポスターカラーのグレーを使って、面相筆で人物の周囲を塗りつぶしていたんです!

―――――

で、それを丸写真に加工するのは印刷局のやる仕事。

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職人的なひとの多い部署でしたから、印刷の時間が迫ってくると、内線で「まだか!」なんて怒鳴られます。

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急がなくっちゃ、と思ってヘタに筆を動かすと…

―――――

やらかすんだな。

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髪の毛の部分まで塗っちゃうんだ。

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修正してる時間も惜しい。ほかのイラスト発注も抱えて、テンパってるわけです。

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えーい、面倒だ、てンでサインペンの黒で、消えた髪を「復活」させる。

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そのまま印刷に回します。どこも大騒ぎで降版に間に合わせようとしてますから、些細なミスをとやかく言う人は、おりません。

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が、

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出来上がった紙面には、出てるのです。写ってます。

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かつらのように妙な具合に、髪の黒々とした人物が…。

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このような話しで、推して知るべし。

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「新聞社のイラストレーター」というのは、仕事の範囲が広い割りに、たいした技能を必要としませんでした。

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タイトル文字のレタリングから写真の修正まで…「何でも屋」ではあったのですが…

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何でも屋。

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はい、これ、考えようによっては、いい響きです。

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「どんなご依頼でも、降版までには仕上げますよぉ ♪」

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ちょっとした、社内のスター気取りでありました。

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が、そんなスター気取りにも、ほどなく飽きる。

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「思い込み」というのは、凄いものです。
「この程度の仕事は、おれの才能には、軽すぎる!」

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飽き足りなくなった僕は、刺激を求めて、渋谷にあったデザイン事務所に転職をば。しかし、

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ここからが、今日のお話しの転回です。

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また、なんと。
1日でクビになっちった!

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実は、わたくし昔も今も、満足に直線一本、引けないのです。

(才能と「テクニック」とは、別なんです。これについては、いろんな経験を積んだ上で、再び信じるようになりました。はい)

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いずれにせよ、たちまちお払い箱になりまして、なんとかならないかとワラをもつかむ思いで、ここでようやく、パソコンを買い入れました。

(99年よりもっと以前です。いわゆる「スタンドアローン」で、こつこつ使い始めたわけです)

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PCなら実線・楕円・双曲線、スラスラとお手のものだ!

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こういう道具をいじるのが、性に合っていたのでしょう。

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線の扱いだけでなく、色彩についても、印刷時の効果を見越した使い方を学習し、お陰さまで、いくつかのデザインコンペやイラストコンテストに入賞するまでになりました。

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が、

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それでも就職は、難しかった。

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独立してフリーでやろうかとも思いましたが、雑誌社にイラストの持ち込みなぞしたり、エージェントに登録などしてみても、反応はさっぱりです。

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やっぱり、どこか事務所も探そう。
しかし、

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なぜ、仕事に就けないのか、困ったことに、本当に分からない。

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面接のときの態度がいけないのか、服装か。

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それともキャリアか。

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まぁ「地方紙のイラストレーター」じゃ、キャリアとしては貧弱か(渋谷の事務所は、なにを勘違いしてくれたのか。あとにも先にも、あんなにすんなりと入れた所はなかったです)。
だったら、せめて「受賞歴」で勝負しよう。

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入賞でなく「大賞」や「金賞」を狙ってやろう。

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ですが、そこのレベルまで行くとすると、簡単じゃありません。

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当座のバイトが必要だな。
働きながら、賞取ろう。

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…と、こんなわけで、皆さま、わたくし情報業界に、首を突っ込むことになったのです。

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たかがバイトのつもりで始めた仕事でしたが、見るもの聞くもの、とにかく新鮮で、面白いことだらけでした。

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自分が人と話したり、経理の計算をしたり、マニュアル作成にたずさわったりすることが、とにかくエキサイティングな「経験」だった。

(中でも「Excel」というソフトウェアは、単なる計算用具ではなく、素晴らしい創造性を備えたパレットのようなものだ、と、これも今でも思っています)

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新しい仕事のおかげで、大げさでなく「新しい自分」を発見したつもりでいました。

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一方、コンテスト大賞狙いのほうは、遅々として進みませんでした。

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履歴書付きでイラストの持ち込みなどもやりましたが、返事は皆無。

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それに、バイトの仕事に熱中するほど、絵画的な創造力のほうは、どうも後退していくような、嫌な感覚にも襲われてました。

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収入の激減を覚悟で、もう一度、イラスト一本の道に戻るか?

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しかし、目の前の仕事は、手を引くにはあまりにも魅力的に過ぎました。
さて。

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なにを長々、語ったんでしょ?

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「要するに、夢を失ったのか?」

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「これはただ、『思い込み』が剥げていくだけの成り行きだったか?」

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と、はい、それを述べたかったわけでして。

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「喪失の過程」としか読めないとしたら、ここまで字数をかけてお話ししたのは、まったくの無駄なんですが…

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「ボルト」です。

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先日(7/18)の「モンスター VS エイリアン」に続いて、またもCGアニメです。

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過日はドリームワークスで、今度はディズニー。

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この二社で面白いのは、むかしむかしのMGMやユナイテッド・アーチスツが持っていたような「会社のカラー」というやつが、ハッキリしてるということです。

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かたや、ドリームワークスは、ちょっと皮肉なパロディがお得意で、こなた、ディズニーは、どこまでもストレートな感動路線が身上らしい。

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最初の舞台は、ハリウッド。

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TVの人気番組「BOLT」の主人公は、犬のボルト(声:佐々木蔵之介 / ジョン・トラボルタ)。

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SFアクションと言ったらいいのか。

天才教授によって改造されたスーパードッグ・ボルトが、さらわれた教授の行方を追って、ヒロイン・ペニーと共に、悪の組織をやっつけていくお話です。

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TVのボルトは、目からビームを放ち、「スーパーヴォイス」の波動で、並み居る敵をなぎ倒す。だが…

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撮影の合間、フとした拍子に、そのボルトがスタジオの外へ出てしまう。

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閉ざされた世界しか知らないスター犬。

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今まで、撮影セットや特殊効果を、本物だと思ってた。

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そんな彼にとっての本当の冒険は、ここから始まることになるのです。

―――――

ハリウッドから遥か離れたところに来てしまったボルト。

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野良猫のミトンズ(江角マキコ)やハムスターのライノ(天野ひろゆき)と出会い、自分にとっての「新しい現実」を会得しながら、目指すは再びハリウッド。

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大好きなペニーが、待っていてくれると信じて…

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いやぁ…

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あー、こういうの弱いんだ、オレ…

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3、4回、鼻ツン状態(瞳うるうる状態)になってしまいまして…

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「トイ・ストーリー2」のジェシーのエピソードや「WALL.E」の恋物語にも感激したけども、いやぁ…

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今回もいいじゃないですか!

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青少年を抜け出してない頃には、こんなに涙腺がゆるくなかったなぁ。

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こうした映画の何が「現実の優れたメタファー」になっているのか、

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そこをすんなりと理解できつつあるのが、今の僕です。

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下手な冗談でも、粋がりでも、悔しまぎれでもなく、

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「そうだ、俺も、頑張らなくっちゃ」

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と、素直に思わせてくれるんですね。

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劇場ではたくさんの子どもたちが、静かに、ときに笑いながら、スクリーンに見入ってました。

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僕は、自分が小学生の頃、「わんわん物語」を見て、しばらく立てないほどジーンと来たことを思い出しました。

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この子らも、いつか、ディズニーを観なくなるでしょう。

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そして再び帰ってくることになるかもしんない。

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そのときには、たぶん、「分かってきたからこそ目が潤む」ということに、

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なるんじゃないの?
いーじゃないの ♪

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その人たち、僕らにとって、ボルトの味わう「第2の冒険」とまったく同じ冒険が、

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まさに、進行中なんです。

―――――

Jack

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