エンタの王子様/「セブンティーン・アゲイン」
「プログラム・ピクチャー」って、ご存知ですか?
―――――
この言葉を説明するには、DVDはおろか、VHSもまだない頃まで、戻らないといけません。
―――――
「映画と言えば、映画館で観るもの」だった当時、新作映画には、「抱き合わせの1本」が、付いていました。
―――――
つまり、これが「2本立て」というやつで、1回料金を払って2本見られたんです。
―――――
都合3時間ほど。
―――――
昔の映画は、「1時間半」というのが、多かったんで。ただし、休憩も入れると、もっと長い。
―――――
その頃の自分も含めて、昔の映画ファンの人たちは、体力があったんだな、と思いますけど――(ロードショーのとっくに済んだ旧作だけを上映する劇場もありまして、¥1000以下で、3本立てやら5本立てやらあったんですよ。8時間以上も同じ映画館で、映画を見続けるなんて、考えられる?)――、で、問題は、
―――――
プログラム・ピクチャーです。
―――――
要するに、上映の本命でない、みんなのお目当てでない「もう1本」の映画のことを、
―――――
プログラム・ピクチャー
―――――
と、言ったんです。
―――――
つまりは、付録みたいなもン。
―――――
内容が面白くて「当たれば」儲けもの。
―――――
「ハズレ」ても、どうせオマケなんだから、文句言わないでね、というよーな代物で、監督以下スタッフも、とーぜん出演者も、聞いたことがないような人がほとんどでした。
(そういう中に、たまにスピルバーグやトビー・フーパーのような若手監督の、実験作が混じっていたりしたのです)
―――――
で、
―――――
たまの例外はあるにしても、多くは、いかにも「オマケ」らしく、映画の中身のほうは、「んー…、どっかで観たことがあるような、ないような…」
―――――
という感じでありました。
―――――
で、で、
―――――
そんなプログラム・ピクチャーの中でもときどき、
―――――
ジャン・ポール・ベルモンドとか、エリオット・グールドとか、
―――――
主役だけは大物級、という、掘り出し物があったりする。
―――――
そういうのは、たいてい中身のほうも、面白いんです。
―――――
そのへんを手がかりにして映画ファンは、
―――――
「だれそれの出てる映画なら観に行こう」
―――――
と、決めるんです。
―――――
ザック・エフロンの
―――――
「セブンティーン・アゲイン」
―――――
ハイスクールでバスケ部のスター選手、マイク(ザック・エフロン)。
―――――
恋人の妊娠をきっかけに、大学進学をやめて、結婚、就職を選びます。
―――――
すべての夢を犠牲にしても、彼女のことを愛していたから。
―――――
それから十数年。
―――――
おなかの出た中年になり果てたマイク(マシュー・ペリー、お久しぶり)。
―――――
会社では昇進の機会が得られず、産まれた娘らは、いま反抗期。
―――――
愚痴ってばかりの彼から最愛の彼女は離れ、離婚を言い出されてしまいます。
―――――
こんなはずじゃなかった…
―――――
と、不思議なことが、身に起きる。
―――――
目が覚めると…
―――――
17才に、戻ってる!
―――――
なんで?
いや、そんなことは、どうでもいい。
―――――
失った青春を取り戻す。
―――――
決心したマイクは、娘たちの通う高校へ、名前を偽って、編入しますが…
―――――
いやぁ、これ、昔なら完全に、プログラム・ピクチャー扱いでしょう。
―――――
高校の人気者で、バスケの名手っていう役柄ですから、
―――――
どうしたって、「ハイスクール・ミュージカル」を連想させる。
―――――
それはおそらく、俳優として成長したい・させたい「アーティスト志向」にとっては、ありがたくないステレオタイプのイメージ付着でありますが、
―――――
そこを「気にしない」と乗り越えてしまえば、素晴らしい「アイドル・スター」としての道が開けている、と思うんだけど…
―――――
そう。
これは、そのアイドル本人にとっては、ちょっと酷な願いです。
―――――
いろんな役をやりたかろう。
―――――
イメージの固定は、嫌だろう。
―――――
分かっちゃいるけど、願っちゃう。
―――――
ザックには、歌って踊ってほしいです。
―――――
この映画で、彼は、あまりにも「芸能の人」をこなしているので、よけい、映画と役柄に「レビュー的要素」が無いのを「惜しい!」と感じてしまうのだ。
―――――
「プログラム・ピクチャーというものの存在」は、僕らに、映画が「芸能の特番」としての機能を発揮していたことを、思い出させる。
―――――
たまの実験作などを除けば、――否、そうした風変わりな奇作さえも呑み込むほどに――プログラム・ピクチャーの造る「風景」とは、度量の大きな、ある意味では「なにが来ようと揺るがない」盤石な「庶民の娯楽の場」でありました。
―――――
そんなプログラム・ピクチャーに登場するのは、「芸能人」であって、「アーティスト」などではない。
―――――
彼らが選び取り、演じるのは、徹頭徹尾、観客を楽しませる――そうして、観客たちが、おそらく普段は意識の端にも置いていない「生活」の姿に、意義があることを思い起こさせる――ことであり、
―――――
それはまた、僕らにとっての「生活」というものが、「現代生活」へと固まりつつあった頃、あらゆる価値が金銭以外と交換できない息苦しい「無意味さ」へと変質するのを、力強く押し留める、一種の「魔法」を秘めた表現形式であったのです。
―――――
芸能には、もともと、ひとの魂を鎮めたり、逆に、ひとが日頃は忘れている「己れの生命力」を、刺激によって放出させたりする力がある。
―――――
(たぶん)本人がさほど意識しているわけではないのに、「芸能本来」の立ち位置に近いところに立っているひと・ザック・エフロンの存在が、この映画を呼び寄せ、この映画を快活なものにしたことは、ほぼ、間違いないと思います。
―――――
そういう人が、過去のハリウッドにも、1人いた。
―――――
マイケル・J・フォックスですね。
―――――
「芸能人」マイケル・J・フォックスは、その輝かしいオーラで代表作「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズを完成させると、ハリウッドの理想に従い、「アーティスト」になろうと努力しましたが、上手くはいきませんでした。
―――――
彼はアーティストになるには、あまりにアイドルでありすぎた。
―――――
こなた、ザックは、どうでしょう。
―――――
歌って踊れるアイドル・スターの位置をキープして欲しいんだけど、現代ハリウッドの世界に居ては、難しいかもしれないな…。
(ブロードウェイに、進出でもしないかな)
―――――
いずれの道を選ぶにせよ、この人は、今が最初の旬であります。
―――――
芸能がもたらす「温かい視線の相互関係」を体感したい方は、ぜひ劇場へ。
―――――
この温もりは、「芸術」には造り出せないと思うんだよな。
―――――
Jack
―――――
(久々に、日本人にとっても親しみやすいアメリカン・アイドルの登場だと思うので、一映画ファンとして、この人のことは、見続けたいなぁ、と思う僕なのです)
| 固定リンク | トラックバック (0)


最近のコメント