ジオラマ作りを目指して/「ワルキューレ」
プラモデルを作る。
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今日は、このことから、「ものづくりに凝る」とは、どういうことか、について、です。
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今では、もっぱら、ガンプラが売れ筋でしょうが、僕が子どもの頃は、なんと言っても、第二次大戦の戦車や軍用機が主流でした。
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タイガー戦車やメッサーシュミット。
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フォッケウルフに、ケッテンクラート。
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なんのことだか、分かります?
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作りたかったのは、ドイツ軍のモデルなんです。
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ドイツ・ミリタリーというのは、ヒトラーやゲッベルスの考えもあって、「デザイン的に優れたもの」を採用する傾向が強かった。
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少なくとも僕は、米軍より、ドイツ軍に、憧れました。
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戦車や飛行機ばかりではありません。
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ナチ親衛隊やゲシュタポ、ドイツ特殊部隊の制服についても、「最高だな」と、思ってたんです。
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鉄道模型なんかもそうでしょうけど、「モデル」というのは、作りながら、それを模造化した大元の「物語」を妄想していくのが、楽しいんです。
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ん?
なんだって?
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楽しむ?
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「かっこいい」と思ってないと、楽しむ気持ちは、生まれてこない。
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戦争物語を、かっこいいと思う気持ち、ありますか?
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いや、子どもの頃の僕には、確かに、在ったんです。
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「ワルキューレ」
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これは、第二次大戦中のドイツを舞台にした実話です。
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僕の知る限り、フィクションは、ほぼ、排してあります。
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戦争も半ば。
戦況が連合国側に、傾きつつあった頃。
ナチスの支配に抗しようとする、軍内部の勢力あり。
恐怖政治から、祖国ドイツを救おうという人々です。
アフリカ戦線で片目、片腕を失う重傷を負ったクラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)はドイツ帰国後すぐ、抵抗組織の中核トレスコウ少将(ケネス・ブラナー)の知己となる。
抵抗派が立てた計画が、作戦名「ワルキューレ」。
独裁者ヒトラーを暗殺すると同時に、首都ベルリンを警護する国民軍をニセの指令で集結させ、官庁街を占拠する、というものです。
若きシュタウフェンベルクは、この謀略の中核となっていく…
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トムというひとは、どこまでも、「かっこいい!」役を追っかけてるときが――そういうときこそが、本当に、生き生きしてますね。
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伝説的反骨の志士シュタウフェンベルクに目を付けるとは、さすがです。
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テレンス・スタンプやビル・ナイのような老獪(ろうかい)な役者を脇に、堂々たる主演。
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この役は、トムを待っていたようなものです。
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ところで、
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この映画、よく出来ているんだけども、惜しい!
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それはですね、
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本来は結び付かない2つの要素を、混乱したままにそのまま提示してくれていたら、ヴィスコンティやコッポラの作品並みに、ド迫力になっていたろう、ということなんです。
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順を追って、お話ししましょう。
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まず、
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戦争物語に興味のない方。
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そういう方の関心を買うために、ちょっとした、「裏の事実」に、触れましょう。
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この映画のような戦争秘話は、詳しい裏話を知って見ると、さらに面白いと思うからです。
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手元のアンチョコ――(サンケイ出版。第二次世界大戦ブックス)――を開きながら、少し、ご紹介いたしましょう。
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映画は(驚くべきことですが)、ほぼ史実に沿っていながら、まるでよく出来たサスペンスのように暗殺・クーデター計画の遂行とその破綻を描き、間然するところがない。
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が、それには、脚本のちょっとしたトリックがありまして、
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あまりにもスムーズに進むこの作品では、「事実巻き起こった大混乱」が、上手に整理されているのです。
たとえば、
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史実としては、首都を遠く離れた山荘にあって暗殺を奇跡的に生き延びたヒトラーは、ただちに反乱を平定するよう動きます。
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彼は、ベルリンにいる国民軍総司令官フロムが、陰謀に加担していたのではないか、と疑念を持ちました。
(無実の容疑であり、実際にはフロムは、クーデター派により拘束されていただけだったのですが)
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で、新たに自分の最も信頼できる部下、親衛隊長官のヒムラーを新司令官に任命し、事態の収拾に当たらせます。
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爆弾騒ぎの、その日のうちの出来事です。
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ベルリンでは、まさに、ワルキューレ作戦が進行中。
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つまり、クーデター作戦のその当日、ベルリンには、もともとの国民軍総司令官フロム元帥と、クーデター派によって置かれた国民軍総司令官ヘップナー将軍と、ヒトラーによって緊急任命された国民軍総司令官ヒムラーと、
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「自分が国民軍総司令官だ」
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と思っている三人の軍人がいる、という混乱ぶりだったのです。
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僕、思うに、歴史の面白さというのは、「あとから知る、当時の混迷ぶり」にある気がする。
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これは、学ぼうとする者が「当事者」でなく、単なる「野次馬」だからこそ味わえる面白さでありましょう。
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一方、「戦記のかっこよさ」というのは、爆弾三勇士の逸話に見られるように、後付けで整理されているからこそ、ヒーロー譚になりうるのです。
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混乱してる、というのは「どさくさ」であり、「もたもた」「がやがや」であり、「おっちょこちょい」であったりする。
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うん。
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どーも、そのような色々は、この映画のトムに合わないですね。
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ブライアン・シンガー監督も、そう考えたんでしょう。
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ひたすら「かっこいい話」に仕立てているところが、トムらしさであり、この映画の「ちょっと物足らない」ところです。
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「かっこよさ」というのは、プラモデルを作る感覚です。
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モデルを作りながら、かっこいいなぁ、と「浸ってる」わけですね。
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が、
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かっこよさへの憧れ、とは、モデル作りの謂わば「初心者レベル」でありまして、
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もう少し進行してくると、模型の色付けを「汚し仕上げ」にしてみたり、戦車の周囲に瓦礫を積み上げてみたりとか…
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「ジオラマ」に凝るようになるのです。
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この映画の、「“創作物”としての戦争へのコミットの仕方」というのは、「プラモデルを綺麗に仕上げる」レベルにとどまっているのではないか。
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戦争を描くなら、混乱・混沌をこそ、「美しく」見せねばならない。
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美しく?
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はい。
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申しましょう。
以下に記すのはあくまで芸術家の態度であって、教師やジャーナリストは、こうした態度から離れなければならない、と思う僕ですが、
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かつて大林宣彦監督が、こんなお話しをされたことがあるんです。
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曰く、
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原爆のキノコ雲というのは、美しい。
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わたしたちには、映像で撮られた、感動的な美しさのキノコ雲しか、与えられない。
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どんなに「真実を映そう」としたドキュメントの映像でも、それが画面に定着した瞬間から、わたしたちは「真実とは別の何か」を見ることになるのであり、
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何かを「描こう」とする者は、そのことを十分承知した上で、「美しさの中の、妖しい恐ろしさ」を回りくどく伝えていくしかないのではないか…
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大林監督もまた、ひとりの芸術家であり、ものごとを誰かに伝えよう・教えようとする人には、
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「美しさ」以外にも、たくさん気をつけてほしいことがある、と強く言いたい僕ですが、
(つまるところ、ひとが「教師」であるときには、「美しさ」だけを伝えていては、文字通り「ハナシにならない」と思うのですが)
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この「ワルキューレ」というかっこいい(美しい)映画を見るとき、この大林監督のご意見は、参考になる、と思います。
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映画作りとプラモデル作りは、似ているのか?
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トムが「アイズ・ワイド・シャット」のときのような、「プラモデル作りの本当の醍醐味」を打ち出せるようになったとき、
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彼は、これまでの様々なバッシングから完全復活し、そして「変身した」と言えるようになるのではないか。
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トムの個人史の中で、
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この映画は、過渡期の佳品と位置付けられるかもしれません。
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がんばれ、トムよ。
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Jack
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