お得なパンクを/「少年メリケンサック」
ジョニー・ロットンかジョン・ライドンか。
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そもそも、なぜ、彼は、ひとを惑わす「改名」などという挙に出たのか?
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「少年メリケンサック」です。
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メジャーレーベル「メイプルレコード」の契約社員、栗田かんな(宮崎あおい)。
契約期間満了を前に、ネットで掘り出し物的バンドを見つける。
アキオ、ハルオ、ジミー、ヤングの四人編成。
その名も「少年メリケンサック」。
ただならぬ個性を感じます。
社長(ユースケ・サンタマリア)に報告すると、大喜び。
「すぐ、契約をとってこい! そしたら、お前はディレクターだ!」
かんなは張りきって、このバンドに連絡をつけますが…
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やぁ、よいものを見せていただきました。
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パンクというと、チープ、単純、爆裂、轟音、暴力、破綻…
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と、なにか、そんなイメージがありますが、
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これは、宮藤官九郎監督(当然、脚本も)が本当に「冴えてる」ときにハッキリ見える
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あー!、ぶっこわして、スカッとしてぇ!
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と絶えず思っているらしい発散希求と、完全に重なります。つまり、
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この映画がその概略を発表されたときから期待されていた「テンション」が、多くのひとの期待どおりに、実現されていると思う。
(宮藤監督は、ご自身でも「グループ魂」なんてバンドをやってらっしゃいますから、この映画は、音楽に対する深い理解も交えた「真骨頂」と言えそうです)
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ところで、
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「パンク」と言えば、「セックス・ピストルズ」でありますが…
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あんまり予備知識なく、このバンドが残した「作品」に触れるとき、奇妙な感想が浮かびませんか?
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「アナーキー・イン・ザ・UK」にしろ「ゴッド・セイブ・ザ・クイーン」にしろ…
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エネルギッシュだなぁ、
青春だなぁ、
っていうような、全くズレた感想が…
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このバンドが現役だった当時は、「社会への反逆」とゆーよーなテーマを抱えていたのかもしれませんが、
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今では、そうしたアジテーションの部分というのは、まことに都合よく(ん? 誰にとって?)風化して、活力というか、「勢い」だけがCD化されていると思う。
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CDに焼き付いているのは、例えばプログレッシブ・ロックなどが、やたらごてごてと飾り立ててしまった「音楽の混迷」を解き放とうとする、強い意志です。
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いや、意志というより、やはり単なる「エネルギー」か。
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音楽の恍惚を回復しよう、という、ときに切ないまでの真摯(しんし)なエネルギーだけが保存されているのです。
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パンクとは、何か?
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この映画を見て、エネルギーを感じると同時に、可能な限り繊細な、冷静な質問を、慎重に投げかけたくもなるのですが、
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「パンクとは何か?」
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と、問うとき、フと、P・K・ディックというSF小説家のことを連想する(唐突な連想ですか?)。
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それは、この映画が、見かけほど単純ではなく、かなり真面目に「パンクがロックの真髄であるとは、どういうことか」を考える内容になっているからなのですが、
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ディックというひとは、もともと、切れ味鋭い短編小説の名手であり、
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たいへんに作劇術に優れていた、と言いますか、つまりは
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ストーリー・テラーでありました。
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それが、書いても書いてもさっぱり売れず、そのせいかどうか、年齢を経るだに、どんどん作風がやけくそになっていった。
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あー、もー、
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どーせ売れんのなら、好き勝手なことやるもんね!
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と、思ったかどうか分かりませんが、どんどん理屈っぽく思弁的になり、物語のかたちは崩れ、いったいなんのことを書いたのやら、「麻薬でもやりながら書いたんか?」と言いたくなるくらい凄まじい、大冊の、わけの分からない思想書のようなものを作り上げることに執着していった。
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つまり、小説家としては、どんどん破綻していったのでした。
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それでも作品には、えもいわれぬ不思議な魅力があったのですが、この
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「破綻しながら魅力がある」
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というか、
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「破綻してることも含めて、魅力があるのだ」
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というところが、音楽で言うパンクを連想させるものでした。
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トシ食うにつれて、「パンクの度合い」が高まっていったんですから、このひとには、若者の羨望を集める資格がある。というか、
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不良オヤジとして、事実、その作品は、若さを保存しております。
(チャールズ・ブコウスキーなどでなく、ディックを取り上げたところが、わたくしらしさでございます。おっと)
(そんなことは、どうでもいいことですね)
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で、
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この、「少年メリケンサック」です。
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これが、この映画の面白いところなんですが、この映画、
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「わ! 破裂した!」
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破綻するかな…
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と思うと、しない。
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何度も何度も、
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「わ! 今度こそ破綻する!」
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と、思うと、しない…
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エネルギーが解き放たれ、放出されて、筋の流れが「寸断される!」と思うと、ぐいっと「戻る」
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というような印象なのです。
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そこが歴戦の強者、宮藤脚本の強みであり、「凄味」なのだと思うのですが、ちょっとね…
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「うん…ほんとは破綻しちゃってもいいんじゃねーのか?」
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と、ちょっとね、
そんなふうにも思いました。
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ロックなんだしさ。
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テッテ的にぶっこわしても、いーんじゃねーの?
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などと思うのは、僕がコマーシャリズムをよく理解していない「観客」であるからでしょう。
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破綻しかかりつつ、ちゃぁんと分かりやすく、コマーシャル・ベースに乗ったものを作る。
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これを、「したたかさ」と言わずして、なんと言おう。
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思えば、セックス・ピストルズ大波乱の「仕掛け人」として、ロックとヴィヴィアン・ウェストウッドというファッション・デザイナーを結び付けたマルコム・マクラーレンなる「プロデューサー」がいたからこそ、パンクは一層の話題性を持ったのでした。
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宮藤監督のやろうとしたことは、言わば、ロックンロール・プレイヤーとしてのジョニー・ロットンと(つまり、純然たる「表現者」としての自分ですね)、一方「どうやって売るか」を考えるマクラーレンの立場を、一旦分断して、双方煮詰めた上で、
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で、このふたつをひとりでしょい込もうとしたようなものです。
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コマーシャリズムの世界にいる表現者なら、それは誰しもが取ろうとする立場でしょうが、
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ちょうど上手い具合に両者の間でバランスを取り、
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作品に結実させるというのは、なかなかな「妙技」なのではないでしょか。
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今回、劇中で演奏される楽曲のほとんどの歌詞を、宮藤監督本人が書いている。
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SMAPに歌詞提供されて以来、音楽への想いは、深まっておられるようです。
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佐藤浩市さん、田口トモロヲさん、はしゃぐ、はしゃぐ。
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キム兄、渋い。
三宅弘城さん、勝地涼くん、おもしろい。
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宮崎あおいちゃん、魅力爆発ですね、
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笑う、泣く、叫ぶ、甘える、うんこぶつけられる。監督、やりたい放題です。
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見終わると、監督の、(あの風貌からは、想像しにくい)自己主張、
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「これが、俺の考えるパンクです!」
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という、如何にもパンク的な、繊細で同時に骨太である「精神性」が打ち出されているのに気付きます。
ちょっとしたオドロキです。
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見る人は、セックス・ピストルズの音楽を聞くのと同じくらいに、「得」をするんではないでしょか。
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(そうです。「得をする」映画だと思うんですよ)
(ついでながら、佐藤浩市さんの若き日を、いま月9ドラマの「ヴォイス」に出てる佐藤智仁くんが演じてるんですけどね。
僕は最近になるまで、このひとのこと、知らなかったんですけども、いやぁ、
またひとり楽しみな若手がいるのを知りました)
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Jack
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