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確執は在るのか/「ワールド・オブ・ライズ」

理解されにくいかもしれませんが、この映画を観ると、僕は、自分の子どもの頃のことを思い出します。

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(「子どもの頃」というのを、かなり幅をもって、見ています)

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少年期のわたくしは、兄の強い影響下に絵を描き、ポップアート、シュールレアリスム、ロシアン・フォルマリスムに興味を寄せ、SF小説を読み、マンガやアニメに触れておりました。

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兄からの影響を考えずに今の自分を語ることは出来ません。

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やがて、僕独自と言っていい道へ進むことになりましたが、それでも僕の中のベースとして、兄からの影響は、残っている、と思っています。

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そこで、問題となるのは…

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「対抗意識」。

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兄弟とは、もともと「距離の取り方」の難しい間柄です。

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たぶん、ほかの誰よりも相手のことを理解し、ときに援助し、庇護することも可能な仲、

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…であるがために、相手に対して漠然とした対抗意識「のようなもの」を抱えてもいる。

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一方が「アーティスト」にでもなったりしたら、たいへんです。

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もう一方も、同じ道を行くことになりかねない。

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同じ道を選ぶ、ということは、意識的にも無意識にも、「競争」、「対抗」があたまに昇る恐れ、大。

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同じ道を歩む、ということは、「なんでも相談しあえる」ということと同時に、「相手の成功を、我が影響のもととしたがる」という欲望に支配される関係になることでもあるのです。

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そういう事情が絡むから、ある時期を過ぎての「兄弟の間」については、慎重に、距離を測るに、越したことはありません。

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僕は、いま、本当に、「兄と同じ道を進まなくて、よかった」と、思っています。

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「ワールド・オブ・ライズ」

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ロンドンの住宅街で起こる、爆破事件。

犯人はイスラム原理主義の知能派。

どこに潜伏しているのか、その正体は、謎に包まれている。

CIAの工作員フェリス(レオナルド・ディカプリオ)と指揮官ホフマン(ラッセル・クロウ)は、手がかりを求めてヨルダンへ飛び、ヨルダン情報局のハニ(マーク・ストロング)と接触しますが、そうする間にも、ヨーロッパで再び事件が…

アラブの現場で奮闘するフェリスと、アメリカで悠然と巨大スクリーンの偵察画像を見つめるだけのホフマン。

同じ敵を追いながら、二人は信用しあわない仲なのですが…

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原題は、「BODY OF LIES」だから、「嘘の塊」、「嘘の集い」といったところでしょうか。

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観ていると、「BODY OF LIES」でなく(かなり皮肉な意味として)「BUDDY OF LIES」、つまり「偽りの相棒」でもあるな、と連想します。

(BUDDYは口語なので、タイトルには馴染まないかもしれません)

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「偽りの相棒」…

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どうしても、連想する映画がある。

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ブラッド・ピット、ロバート・レッドフォード主演、2001年の公開作品「スパイ・ゲーム」。

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この映画で、ピットとレッドフォードは、クロウとディカプリオと同じく、CIAの要員を演じます。

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互いを深く理解しつつ、それでも、相手のことを信用しない「微妙な間柄」という設定です。

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「ワールド…」におけるクロウとディカプリオの仲は、それを強く連想させて、もっとドライな関係です。

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ピットとレッドフォードが演じたような信頼感は、お互いの間にない。

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では、それでも、この二人ずつの関係を、比較したくなるのは、なぜか。

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ご存知の通り、「ワールド・オブ・ライズ」の監督リドリー・スコットは、「スパイ・ゲーム」の監督トニー・スコットの兄貴です。

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若いときのリドリーは、ひとことで言って、過激さと商売気質が見事に同居した演出家だった。

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「エイリアン」と「ブレードランナー」という、おそらくは永遠に映画史に残る作品を、ふたつもものし、メジャーを舞台に活動する人でありながら、カルト的人気を誇る人物でありました。

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一方、トニーのほうは、「ハンガー」というデビッド・ボウイ出演の、カルト的作品はあるものの、すぐに「柄でない」と思ったのか、もっと大衆目線に切り替えて、大成功を収める。

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その端緒となったのがトム・クルーズ主演の「トップガン」です。

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しかし、興味深いことに、トニーはこの成功に満足しなかったらしく、

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その後、どこかリドリーの作風(ことに、「光と影」の対比を、印象的に捉えるカメラ)を意識した、と思えるような、演出テクニックの変化を続ける。

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近年の作品、キーラ・ナイトレイ主演の「ドミノ」に、リドリーの代表作のひとつ、「テルマ & ルイーズ」の影を観てとることは、容易だと思います。

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ですが、ことは、トニーひとりの問題に留まらない。

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兄貴リドリーの作品「ブラック・レイン」は、その平明な内容が、弟トニーの作風を連想させる。

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この二人、いい年こいて、功なり名遂げてもまだ、お互いの動向を意識してる、と見えるのです。

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「スパイ・ゲーム」はトニーの経歴の中でも、「特別な作品」です。

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これは、クランク・アップが2001年9月より前だったにもかかわらず、9.11テロ後の大混乱を預言した中身になっているのです。

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「分かりやすい内容」を取り上げるように努力しながら、「グラディエーター」、「ハンニバル」など、どこか「尖った」作品を作りたがるリドリーにとって、この、弟の、「偶然の過激作」は、果たして、どう映ったのでありましょう?

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様々な監督、プロデューサーが、テロやイラク戦争をテーマとして作品を発表する中、リドリーらしいのは、かなり正面きって「テロとの戦争」を取り上げながら、これを「面白い映画」にしてしまおうとする「野心」が、露骨であることです。

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そのリドリーが、最も意識したのは、弟の、「偶然の過激作」、「スパイ・ゲーム」でないだろか。

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しかし、

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いっかな手練れのリドリーと言えど、現実との相乗効果で「尖った映画」になってしまった弟の作品を越えることは、出来なかったと言えそうです。

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悔しいんでないかなぁ。

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これと言って破綻の無い、練り上げた脚本と、いつものように凝ったカメラワークで出来た力作ですが、「スパイ・ゲーム」の面白さを思い出すとき(それは、疑いなく、「現実とのクロス」という刺激が絡んだ連想です)、リドリーにはお気の毒ながら、弟の「事件としての作品」を上回ることが、出来ていないんでごじゃますから。

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この映画、本国アメリカでは、ものの見事にコケちゃいましたが(なんででしょ? 目新しさが無いことを除けば、出来は悪くないですよ)、もし僕がリドリーなら、商業的に成功しなかったことより、

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弟に近づけなかったことを悔しがるな。

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これだけの力作で失敗したんですから、リドリー、次にどんな作品で挑戦してくるか、

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なかなかに楽しみですね。

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(そういう意地悪な見方をするのは、あまりいい癖じゃありません)

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Jack

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