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どこのだれが、どこへいくのか/「ONCE ダブリンの街角で」

ダニエル・パウターにジェイムス・ブラント、コリーヌ・ベイリー・レイにエイミー・ワインハウス、そしてレオナ・ルイス…

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みんな、アメリカ以外の国から出てきたヴォーカリストたち。

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この人たちに共通する点て、なんでしょう。

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「みんな、自分らしさを伸び伸びと出したら、アメリカの市場でウケちゃった」

(いや、そんなに単純でもないのかな。どうだろう)

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宇多田ヒカルさんや浜崎あゆみさんが、どんなに頑張っても、こうは行かない。

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何がいったい、違うんでしょう。

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なに? 言葉が違う?

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そりゃ理由になりません。

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なぜなら坂本九さんの「上を向いて歩こう」は、日本語のまま、ミリオンヒットになったからです。

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アメリカは「音楽の国」であると同時に、異邦人で出来てる国です。

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「異邦人」であることを、どう捉えるか。

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宇多田さんの場合は、ちょっと違いますが、米国へ行けば、みんなが異邦人です。

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いや、ちょっと、米国オンリーに考えるのをやめてみましょう。

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音楽を離れて考えると、スポーツの世界が、分かりやすい。

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イチロー、松坂、中村俊輔、中田英寿…みんな、自らの「能力」を試したくて、異邦人になることを選んだ人たち。

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あとは、ファッションの世界でしょうか。

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ヨウジ・ヤマモト、川久保玲…

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ファッション、スポーツ、音楽は、ある意味で「国境を越える」世界共通語です。

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共通語であるだけに、逆に「おまえは、どっから来たんだい?」と、問われるでしょう。

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おまえの、いちばんおまえらしいところは、どこにあるんだい?

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論理的に自分の出自を説明することは、実は困難かもしれません。

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せんきゅうひゃく何年にどこそこで産まれて、家族は何人、趣味はなんとかで…

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面接なんかでは、当たり前のように出てくるこうした「説明」に、違和感を覚えたこと、ないですか?

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こんな風に並べ立てて、それで自分の何が「言えてる」んだろう…

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「説明」だけでは何も伝わらない、と思うとき、僕は「表現」の力を借りたくなります。

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「ONCE ダブリンの街角で」

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原題は、ただ「ONCE」です。この題が表す通り、ストーリーは超シンプル。
しかし、シンプルなだけに、テーマとする音楽の素晴らしさを伝えて、余すところない。

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ダブリンの街角で出会う男(グレン・ハンサード)と若い娘(マルケタ・イルグロヴァ)。

男は、この街生まれのストリート・ミュージシャン。
女はチェコ移民の家政婦。

二人は互いの名前さえ知りません(結局、最後まで、名前の紹介は出てこない。クレジットにも、「guy」と「girl」と出るだけです)。

男の生家は電気屋です。
娘は、ちょうど壊れた掃除機の修理をしたい、と思ってる。

実はこの娘、ピアノも弾けるし、歌も歌えるんですが…

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主役のハンサードとマルケタ。二人とも、俳優じゃありません。本業はプロのミュージシャン。

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ハンサードのほうは、アラン・パーカー監督の「ザ・コミットメンツ」にも出てたそうですが、僕、見てるんですけど、ちょっと覚えがありません。なにしろ91年の映画ですから。

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ドキュメンタリー調のハンディカメラを多用した画面と、次々流れる佳曲の数々が、非常に新鮮です。アカデミー賞を受賞したのも、うなずける。

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アイリッシュの人たちの日常に、音楽が溶け込んでいる様子も、よく分かる。

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中年に差し掛かるミュージシャンの男が、どうしてかつての恋人と別れたのか、ダブリンでは異邦人であるチェコ人の若い娘が、いま何を思って暮らしているのか、こうしたことのひとつひとつが、音楽で語られる。

それらの曲すべてが、切なくも情熱的で、強く耳に残ります。

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ジャック・リヴェットの「パリでかくれんぼ」ともまた違う、新しいスタイルの「ミュージカル」と言っていいと思います。

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興味深いのは、アイリッシュである男の、熱く絞り出すような(ちょっと、往年のジョー・コッカーを思わせる)音楽に対し、チェコ人の娘が奏でるピアノ曲が、不思議と東欧的なメランコリックな旋律であることです。

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二人は互いに知り合って数日同士の仲。

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音楽を通してだけ、心が通い合い、それ以外の会話のときは、ぎこちなくなってしまう。
このへんの演出も、繊細にして、リアル。うまぁい!

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映画全体の淡々とした作りが、ちょっと、昔の佐々木昭一郎さんの「映像詩」を連想させますが、佐々木さんの作品が、音楽に例えてクラシックだとすると、こちらは、パッションたっぷりのフォークソングです。

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なんでも、実際にグレン・ハンサードがプラハへ旅行したときにマルケタと知り合い、それがアルバム制作をすることへと発展し、やがて、この映画を撮ることにつながったとか。

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そもそも、脚本・監督のジム・カーニーが、元々ハンサードのバンド「ザ・フレイムズ」の仲間だったそうで、どうりでアットホームな感じが漂うわけです。

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これこそ音楽を愛して、「音楽を扱った」映画と言える。

その音楽の主題とは「疎外感があっても、いつか、心を通わせることが出来る」

単にして純な、力強いメッセージ。

劇中、互いに「内なる傷」を抱えた二人が音楽で意気投合するまでの早いこと! しかし、不自然さはありません。歌の心に惹かれ合う様が僕らにも、きちっと伝わってくるからです。

ああ、この映画、ウォン・カーウァイに見せたいな。カーウァイ監督にも、こういう具合に撮って欲しかった。

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「世界は、“疎外感”で一杯だ」と歌ったのは、ポリス時代のスティングでした。「だから君も、メッセージを発してみよう」

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メッセージを発すると、きっといいことがあるよ、というのを、いくら言葉で説明しても、なんの説得力もないかもしんない。

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だから僕は、この映画をお薦めします。

音楽で「僕はどこから来て、どこへ行くのか、自分でも分からないけど、あなたには、ほんの少しでも、幸せになってほしいと思います」

そういうことが言えてるから。

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Jack

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